Boris with Merzbow

Boris with Merzbow, 2016

――同時再生やってみたんですけど……めちゃめちゃざっくり言うと、たのしいですね(笑)。
 「単純にたのしいですよね?それぞれの人に、そのときにしか聴けない現象が絶対現れる。色んな人の目の前に、毎回新しい音楽が生まれるというのは、すごく素敵なことだと思う。表情も毎回違うだろうし、例えばBorisの曲を元々知っている人と知らない人とでも聴こえてくるものが違ったりすると思う。本来音楽自体、リスナーも参加して一緒に完成させてゆくものだと思うんですね。聴くことによってリスナーのイメージを、音が鏡のように映し出して完成する。そういう側面が、今回の作品コンセプトでより顕著に現れることになる」

――なにかしらのコンテンツに付随するデータとしての受動的な音楽に対して、動的 / 能動的な音楽コンテンツを作ることによってアクションを起こしているような印象も受けました。
 「最近は日本にいることが多いので強く感じるんですけど、日本の音楽、特にアニソンとかそういったものは、動的な部分が90%くらい占めていると思うんですよ。設定や世界観だけ示されて、その中をリスナーがパンパンに膨らませた妄想で埋めてゆく。それもひとつの表現のかたちだと思いますが、自分たちとしては音楽は音楽として機能していないと、ちょっと居心地が悪い。記号を与えて、それをトリガーとして妄想を爆発させるだけではなくて、音楽は音楽で常に表情を変えていて、そこにリスナー側のイメージ、文化的経験が作用して新しい音楽が生まれてゆくような、両者の存在意義、相互関係がもっとあったほうが幸せだと思う。そういう意味では物言いにはなるかもしれないですね。今回の作品は」

――それは、例えばアニメに付随する音楽は、ある程度記号的にフォーマットが組まれているということですよね。
 「そのほうがたぶん、買い手のイメージを邪魔しないんでしょうね。その人たちの妄想が入り込む余地というか、音楽の表情や現象がその時々で気を惹いてしまったら、妄想の邪魔になるでしょう。自分たちが作ってるものはその逆。常に色んな現象が起こっているところに聴き手の無意識や経験が一緒に絡み合って、その人だけの経験になるような……。でもまあ、物言いとかよりも、シンプルに楽しんでほしいという気持ちのほうが強いですけどね。僕は、ガンプラを一生懸命作って、エアガンでぶっ壊すっていうのが大好きだったんですよ(笑)。何かが壊れる瞬間、壊れそうになっている状態ってハラハラするし、ドキドキするし、美しいでしょ?今回の作品もネガティヴな言葉で言えば、お互いが壊し合っているというか。作用し合って本来の姿が変容してゆく。そういうものが聴きたいんですよ」

――非可逆性を表現するという。
 「そうですね。どうなっていくかわからない余地を作品の中に取り込めたのは嬉しいですね」

――壊しても直せるガンプラがあったら、エアガンで撃つ気しないですもんね。
 「あはは(笑)。そうそう。その一回性というか。でもやってしまうというあの感じ。儚さとか、一期一会を強く感じてもらえたらいいですね。昔だったら、ヴァイナルは再生する度に劣化してゆくので、まだ一期一会な感覚があったじゃないですか。作った人やリスナーと、音源が同時に歳を取る。今みたいに音楽がデータになってくると、日常の中で同じことが毎回繰り返される。今回の作品は、同じことが二度と繰り返されないことを際立たせるので、音楽本来の楽しみ方に立ち返る部分もあると思う」

――そのアイディアを共有したのはMerzbowだったわけですが、その選択は即決だったのであろうと想像しています。ほかの方と試す選択肢はなかったのでしょうか。
 「そうですね。なかったです」

――合体ライヴを拝見したときは、コラボレーションというより“そういうバンド”という感じがしました。“Boris with Merzbow”というバンド。
 「うんうん。そうですね。そういうバンドです。Borisサイドは勝手にそういうつもりでやっています(笑)」

――本当に、秋田さんもメンバーみたいに見えて。
 「はい。ライヴは“コラボレーションのライヴを企画する”というより“Boris with Merzbowのワンマン最近やってないなー”みたいな感じで組んだりするんですよ。今回の作品制作も自然な流れですね。秋田さんとやる度に、毎回自分たちの曲が更新されてゆく感じはやっぱり、すごくおもしろいんです。だからこそずっと続いているんだと思います」

――その相性の良さは、どういう点に集約されていると感じていますか?
 「わかんない……(笑)。でも相性は良いと思います」

――やっぱり、秋田さんが1970年代のロックがお好きだったりするところなのでしょうか。
 「それもありますね。僕は秋田さんにロックのルールを教えていただいた部分もあるので」

――ロックの“ルール”。
 「1990年代の中頃からコラボレートが始まって、秋田さんの家に僕よく遊びに行くようになってから、知らないハードロック、ヘヴィロックをたくさん聴かせてもらって。アナログのライブラリがすごいんで。その場で次々にレコードを聴かせていただいて“すごく中途半端でしょ、それが良いんだよ”みたいな。秋田さんがどうロックやバンドを捉えて聴いているかという視点ごと聴いていたので、僕にとってはロックの先生みたいなところがあるんですよ。そういう意味でロックの“ルール”を教わっているというか。リアルタイムでツェッペリンも、グランドファンクも、UFOも観ている秋田さんは、“ロックは死んだ”って思っている世代なんですよ。世代の違う僕らが“死んだロック”をおもしろがっているところに、付き合ってくださっていたり。だからこそ繋がっていられる部分もありますね」