HELLCHILD

HELLCHILD

――HGからはカヴァーがメインのEP『In Words, for Words』もリリースしていますよね。HELLCHILDのブラストが聴けるのは、ここに収められているNAPALM DEATHのカヴァーだけだと思うのですが。
鈴木 「そうですね。何でこの選曲になったのか全然覚えてないんですけど……。ブラストはあと、Tottsuan(鈴木義智 / SxOxB *10)の追悼ライヴでSxOxBの曲をやった時くらいかな」
Jumbo 「MULTIPLEXとやっていた頃でも“ブラストはやりたくない”って言ってたもんね。自分がバンドを始めた後に出てきたものだから、それはやりたくないって」
*10 1995年に逝去

――その後リリースされた2ndアルバム『Circulating Contradiction』(1997)は、ある種ターニングポイント的な作品ですよね。楽曲も複雑さを極めて。
鈴木 「とにかく難しくしてやろうと思って作ったアルバムですからね。リフの数を数えていたくらい。13個繋がったぞ!みたいな(笑)」

――HGからリリースされたMULTIPLEXとのスプリット作に続いて、Midさん(Rob Middleton / DEVIATED INSTINCT, SPINE WRENCH, BAIT / The Bonehive)がカヴァー・アートを手がけているのがかっこいいんですよね。話が少し戻りますが、それもあってメタルクラストと関連付けようと考えていたのかもしれません。当時MidさんはSPINE WRENCHをやられていたと思うんですけど。
Jumbo 「DEVIATED INSTINCTのLPは持っていて、こいつにあげた記憶があるけど、」
鈴木 「もらってないよ……(笑)」
Jumbo 「絶対あげたって(笑)!でも、Midに頼もうと思ったのはDISCORDANCE AXISの1stのジャケットを見てからですね。かっこいいな、と思ってJon(Chang / DISCORDANCE AXIS, GRIDLINK, HAYAINO DAISUKI)に連絡先を教えてもらったんですね」

――DxAxですか。NAPALM DEATHとかでもなくて。
Jumbo 「そうです」

HELLCHILD 'Circulating Contradiction', 1997
HELLCHILD ‘Circulating Contradiction’, 1997

――なんだか意外なお話ばかりです……。『Circulating Contradiction』のリリース年には、CORRUPTEDと一緒にUSツアーにも赴いていましたよね。
Jumbo 「そうですね。CORRUPTEDがNYからLAまで来て、HELLCHILDがLAで合流して3バンドで一緒に西を1週間くらい回って、HELLCHILDとDISASSOCIATEは西からNYに戻る、っていうツアーでした」

――ツアーの共演ラインナップがヤバいですよね。当時最高峰のバンドばかりで。後にスプリットをリリースすることになるBONGZILLAはもとより、BLACK ARMY JACKET、BRUTAL TRUTH、CAPITALIST CASUALTIES、DYSTOPIA、GOB、MISERY、NOOTHGRUSH……。INHUMANやCOLD AS LIFE、EARTHMOVERなんかも共演されているんですよね。CATTLE PRESSなんて、今でも観てみたいです。
鈴木 「CATTLE PRESSはおもしろい人たちだったよね(笑)」
Jumbo 「最高だったね(笑)。ギタリストのEddie(Ortiz)がとにかく愉快な奴で」

――彼はSUB ZEROのギタリストでもあるんですよね。
Jumbo 「そうそう。SUB ZEROで来日した時にも会いましたね」
鈴木 「空手家なんだよね?」
Jumbo 「違う違う。ベースのJoey(Capizzi / DIM MAK *11)が柔術をやってたんだよ。」
鈴木 「あとやっぱりCANDIRIAはスゴかったですよ。なんじゃこりゃ!って思いました」
Jumbo 「すごかったね!ビビったもんね」
*11 かつて在籍していたIABHORHER(Slap A Ham Records)にはDave Witte(HUMAN REMAINS, DISCORDANCE AXIS, MUNICIPAL WASTE ほか)も名を連ねていた

――当時のそういう、エッジィなバンドと対等に、フツーにリアルタイムでやっているのは本当かっこよかったです。そうなろう、という狙いがあったのでしょうか。
Jumbo 「それもたまたまなんですよね(笑)」

――その後もコンスタントに海外ツアーを行っていますが、思い出深い出来事はありますか?
Jumbo 「“Clockwork Toy”の7inchをリリースしてくれたV Records(*12)のオーナーが用意してくれた家に泊まった時」
鈴木 「あれは最悪だったなー!!」
Jumbo 「果てしなく汚くて」
鈴木 「床がベトベトで真っ黒で。床には絶対寝られないから、椅子とかで寝て」
Jumbo 「ソファの隙間に注射器の針とか落ちてたりね……」
鈴木 「あそこはヤバかった」
*12 HELLCHILDのほか、MASONNA、AUBEの7″ ヴァイナルもリリース

――V Recordsのオーナーって……たしか……。
Jumbo 「そうそう。Andrew W.K.なんですよ。その頃は15、6歳の少年だったから、Andrew W.K.としてデビューした時は全然気付きませんでしたよ。デビューCDの帯に“パーティするなら俺を呼べ”みたいなことが書いてあって、それがあのデトロイトで会った奴だって分かった時にはハァ!?って思いましたね(笑)。でも、彼の名誉のために言っておくと、その汚い家はAndrewの家ってわけじゃなくて、仲間が集まって使ってるような家なんだと思いますよ。しかしあのベトついた床は……」
鈴木 「しんどかった本当(笑)」
Jumbo 「風呂場なんて、人が死んでるんじゃねーかっていうくらい汚かったよな?」
鈴木 「うん(笑)」
Jumbo 「その時のデトロイトで他に覚えているのは、BURN THE PRIESTと一緒になったこと」

――後のLAMB OF GODですね。
Jumbo 「そうなんですよね。その時ヴォーカルのRandy(Blythe)と少し話して、BURN THE PRIESTのデモテープをもらいました」

HELLCHILD

――EU方面はいかがでしたか?
Jumbo 「ヨーロッパ・ツアーで覚えてるのは、UKで入国拒否されたことですね。Midに会えるのをたのしみにしていたんですけど、結局そんなことになって。未だに会えていないんですよ」
鈴木 「そうなんだよね。フランスからドーバーを渡ってフェリーで行ったんですけど」
Jumbo 「泊まる場所が決まっていなかったのがマズかったみたいなんですよね」
鈴木 「でもヨーロッパはたのしかったなあ」
Jumbo 「ヨーロッパって、向こうの文化で、演奏した会場なり、企画者なりが、寝床と食事を用意するのが当たり前なんですよ。どこに行ってもタダで晩飯が毎日食えたし、泊まる場所も必ず用意されてたんで。それはすごく良かった」
鈴木 「おもしろい経験をたくさんしたし。何百年も経った家に泊まったり」
Jumbo 「ベルギーな。築300年くらいの家に泊まらせてもらったんだよね」
鈴木 「一番印象に残っているのは、12月25日のポツダムですね。せっかく25日だから、現地の人に教会に行ってみたい、って頼んで、連れて行ってもらったんですよ。そうしたら、教会どこなの?みたいな真っ暗なところに連れて行かれて。お城みたいな教会に着いたんですけど、中も電気が通ってなくて、蝋燭なんですよ。クリスマスだからどんなに盛大なんだろう、って思ってたんですけど。暗くて」
Jumbo 「東西ドイツが統一してから数年経っていたんですけど、東側はまだ道路も電気も全然整備されてなかったんですよ」
鈴木 「そうそう。道もガタガタだったもんね。教会の中に入ったらかなり広くて、何千人もいてちょっとびっくりしました。蝋燭の明かりで、ものすごい静かな中でみんな聖書を小さい声で口に出して読んでいるんですよ。あの光景は忘れられないです。ドイツの東側は喧嘩も多かったね」
Jumbo 「みんなグチばかり言ってたしね。要するに、東西統一したところで、結局良い思いしてるのは西の奴らだけ、みたいなことですよ。僕らは西の奴らと回ってたから、そこで喧嘩が始まっちゃってね」
鈴木 「ライヴ中も横で喧嘩してたり。言いがかりなんですけどね。でも、仕事もないし、酔っ払いばかりで、可哀想でした」

――その時はどんなバンドと回ったんですか?
Jumbo 「GOMORRHAとスプリット7inchを出して、ベースのStefan(Eutebach / APRIL, DEADSOIL, SIX REASONS TO KILL / Bastardized Recordings)ていう奴がツアーを企画してくれたんですけど、都合で結局GOMORRHAとは一緒に回れなかったんですよね。Stefanはずっと一緒に来てくれたけど」
鈴木 「ライヴも観てないもんね」
Jumbo 「彼らが使ってるスタジオみたいなところで練習を観たくらい」

HELLCHILD 'Bareskin', 1999
HELLCHILD ‘Bareskin’, 1999

――それは残念。当時Per Koro Recordsをレーベル買いしていたので、そこからHELLCHILDが出るのは嬉しかったです。
Jumbo 「Stefanが誘ってくれたお陰ですね」
鈴木 「あとヨーロッパ・ツアーではBOTCHと回ったのを覚えてます」
Jumbo 「BOTCHがちょうど2ndを出してヨーロッパ・ツアーをやっていて、オランダで合流して2回くらい一緒にやりましたね」

――それってBOTCHは完全に全盛期じゃないですか。すごいですね。HELLCHILDが1999年にリリースした3rdアルバム『Bareskin』は、当時のそういった息吹に呼応した部分も持ちつつ、独自性もかなり深みを増した作品でした。
鈴木 「『Bareskin』は、とにかく“ロック”っぽくしたかったんですよ。KYUSSとかELECTRIC WIZARDとか好きで(笑)。そのへんを自分なりに消化できないかな、と思ってましたね。だから、かなりKISSの影響が出たかな?と自分では思ってるんです。KISSをもっとうるさくして、グルーヴを出したらこういう風になるのかな?っていう」

――ENTOMBED的な発想ということでしょうか。
鈴木 「う~ん、よくわからないですけど、そうなのかな?」
Jumbo 「『Bareskin』の時はヤスオちゃん(佐藤保夫 / FROM HELL, FINAL COUNT, SLEEPERS *13)もいたしね。長いことハードコアをやってきた彼の存在で、色々と化学反応が起きたと思います」
鈴木 「そうだね。『Bareskin』のベースは最高だよ」
*13 2005年に逝去

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