夏の大△

夏の大△, 2014

――これまでお話を伺った限りではそうですよね。ただ、こうして“作品”として世に出るからには、やっぱりそういう視点も少なからず入ってくると思うわけです。一般的には、と言うとアレですけど、何かしら意味付けをしたがるものじゃないですか。
矢代 「そうですね……」
大城 「う~ん、そうだなあ……。拒絶してるわけではないんですけど、自分たちから“これは何です”って言うのはやっぱり、すごく難しい。そういうことは、大袈裟なことになってきたら、ちょっと考えるかもしれないけど……」
川口 「あはは(笑)」
大城 「まあ、どう捉えられても構わないんですよ。“アートだよね”って言われても良いと思う。ただ、それが独り歩きし始めたら、もしかすると危機感みたいなものを感じるかもしれないですけど。自分で言うのもアレだけど、今のところ大袈裟な反応が返ってくることはないと思うから(笑)」
矢代 「自分は、このDVD観てくれた人が “アートだ”って言ったら、その人が何でアートだと思うのかを、聞いてみたいですけどね。そういうのが楽しみ」
大城 「それそれ、本当にそう」
川口 「結局、自分たちにもわからないっていう(笑)」
大城 「そうだね。その状態の方が、色々やり易かったりもするし」
矢代 「ただ、DVDというパッケージになったことで、説明し易くなった感じはありますね。今まではすごく説明し難かったし、言っても伝わらなかったりしてたんで」
川口 「そうだね。東京以外だとあまりライヴもやってないし、言葉で言っても絶対わからないもんね」
矢代 「親とかに理解してもらえない感じ(笑)」
川口 「親は不可能でしょ。たぶん“がんばりなさい……”って言われて終わるよ(笑)。親じゃなくても、普段一緒にライヴをやっているような身近な人でも普通に難しかったりするし。どう思われてるのか全くわからないんですよね」
矢代 「何かパンチラインがあれば良いんだろうけどね」

――でもパンチラインのなさが良さだったりするわけじゃないですか。
矢代 「そうですね(笑)。仮に“これはフリー・ジャズです”と言ってしまえばフリー・ジャズになるのかもしれない。でも、“形容されない”っていう状況を経験してみたいんですよね。“何なんだ!”って怒られるくらいの。“こっちはお金払って観に来たのに!なんだこのザマは!”みたいなこと言ってほしいよね、逆に」
大城 「“クソだったね”みたいなツイートとか見てみたいけどね。“あんなヒドいもの初めて観た”とか」
川口 「“殺すぞ”とか言われたらちょっとビビっちゃうけど(笑)、“これ何なの?”みたいなこと言われたら、“何なんでしょうね”って話し合ってみたい。そうしたらすごく、やって良かったなあって思えるんだけどな……」
矢代 「そうね、何も反応がないより、良いにしろ悪いにしろ、何かしらリアクションがあるといいな、っていう思いはありますね」
川口 「そうだね、“悪い”っていうので全然良いんで」

――日本だと、形容し難いものを個人的に判断するという土壌があまりない印象はありますね。
矢代 「そういう意味では外国でやってみたいかな」
大城 「そうだね、反応がもっと直球で来るんじゃないかな。それこそ罵声とか来るんじゃないの(笑)?」
矢代 「外国には日本とは違う素材がありそうだ、っていう期待もあるし(笑)。落ちているものが違うなあ、っていう」
川口 「おもしろいかもね。何かきっかけがあれば良いけど。僕が知っている限りでは、外国で大△みたいなライヴをやる人っていないし。似たような感じになってきている外国の知り合いは何人かいるんですけど、やっぱり“音”ありきで、演奏としてやっているものが多いんですよね」

――とは言え、大城さんの“石を投げる”とかって、実際にやると単純におもしろいじゃないですか。そういう感覚は普遍的な“ポップ”に繋がっている気がしました。最近じゃ“石を割ってみよう”とか、子供でも考えないんじゃないかな、なんて思ったり。
川口 「そういうのはあるんじゃない?ヤッシーの回るやつとかさ」
矢代 「最近回るのがマイブームで。机をひっくり返して回すとか」
川口 「ただそれを文字や言葉で “矢代くんは机を回している”って言ったら相当ヤバいし(笑)、“机は回るんだな”って思うところまで行ってもそれで終わりだけど、実際に回ってるのを見るとけっこう“おお!”って感動するんだよね。僕は」
大城 「それはあるね」
川口 「それと大城くんの“石”も、“ああ、そのスピードであの石を投げると、割れるんだ”っていう(笑)」
大城 「実は、石を投げるライヴは大△の前からやってるんですよ」

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