THE ORB

THE ORB / photo ©Tom Thiel

――THE ORBは基本、インストゥルメンタルでのダイナミズムを重視していると思うのですが、今回はヴォーカルが引き立つプロダクションになっていますよね。
F 「今回は確かに初めてのフル・ヴォーカル・アルバムではあるのですが、ヴォーカルの扱いよりも、Leeの持つグルーヴを特に重要視しました。彼が与えてくれたものと、私たちが持っているものをどう組み合わせてゆくのか、という部分に意識を置いていたので、ヴォーカル・アルバムだからこうしなければならない、という制約は全くありませんでした。今回の作品は私たちにとって良い実験でしたね。THE ORBは長いこと活動していますから、良い意味でチャレンジがしたかったのです。だから、何が起こるか分からない状態からのスタートというのは本当に刺激的でした。Leeは私たちが想像していたよりもずっと多くのことを与えてくれましたし」
P 「Leeはいつも何かテーマをくれるんだ。“水を飲め”とか。それは“乾き”がテーマなんだけど。サッカーをテレビで観ながら“ボールを蹴れ”ってずっと言っている時もあったな。そういうのだけで十分曲が出来上がるような魅力が彼にはあるんだよ」
F 「そうだね。例えばCDなら74分の収録リミットがありますが、そこには収まりきらない音楽があるんだ、ということを再認識しましたね。今回はヴォーカル・アルバムの体裁を取っているので各曲4分程度の作品になっていますが、実際はいつまでも永遠に続くようなものだったんです。まるで未来の音楽を作っているような感覚がありました」

THE ORB with Lee "Scratch" Perry / photo ©<a href="https://www.tomthielphotography.com/" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">Tom Thiel</span></a>

――お2人がLeeさんの音楽に初めて出会った頃、彼はまだシンガーにはなっておらず、天才的なプロデューサーとして活躍されていたと思います。そんな彼を、プロデューサーの立場で、しかもシンガーとして迎えるというのはどんな気分でしたか?
F 「正直あまりそういった考えは浮かびませんでした。Leeは近年プロデュース・ワークを行なっていませんし、私たちは私たちでトラックを作る、プロデュースする、という行為はごくごく自然なことですから。もし彼がトラック・メイキングに関して意見してくれることがあれば、もちろんそれをオープンに受け入れていたでしょうけど、今回はヴォーカルやアイディアの面に集中してくれていたのだと思います」

――FelmanさんはPALAIS SCHAUMBURGの頃からだと思いますが、THE ORBは当初からレゲエ / ダブを大きなエレメントのひとつとして持っていますよね。お2人のレゲエ初体験をお聞かせください。
P 「俺は、兄貴にPrince Far Iのレコードを聴かせてもらったのがきっかけだったな。俺の考え方が変わった瞬間だった。そこからJoe Gibbsが好きになったり、キングストンのレゲエをチェックするようになったり。その流れの中にもちろんLee Perryもあったわけだけど。でもまあ、俺の育った南ロンドンは、ジャマイカン・コミュニティが本当に大きくてね。うちの隣もジャマイカ人の家で、ミニLee Perryみたいな、放っておけばずっと何か喋ってるような女の子が住んでてさ(笑)。俺の通ってた小学校はドレッドの子ばっかりで、リトル・ジャマイカって呼ばれてたくらいなんだ。だから、そういう要素が俺の中に入ってくるのは自然なことだったんだよ」
F 「私はスイスの出身なので、ジャマイカン・ミュージックとの接点と言えばレコード・ショップしかありませんでした。その点私とAlexとは少し違います。レコード・ショップに通って知識を蓄えてゆく感じでしたから。だから衝撃という意味では、音そのものよりも、映画『Harder They Come』で知ったカルチャーの方が大きかったですね」

――世界的に見て、Patersonさんの住むロンドン、Felmanさんの住むベルリンという2都市は、音楽へのレゲエ浸透度が高い土地であるように思います。両都市には何か共通点があると思いますか?
F 「1970年代のベルリンはそんなことありませんでしたけどね。レゲエの種が世界中に蒔かれて、今のようになったのだと思います」
P 「ベルリンはBasic Channel、Rhythm & Soundがいたからイイ感じになったんじゃないかなあ」
F 「音楽の知識という点ではそうだね。彼らは知識の宝庫だし、文化を広めてくれた功績は大きいと思う。でも、それは生活にジャマイカン・カルチャーが根付いているロンドンとは全く別種のものなんですよ」
P 「そうかもね。アメリカで初の有色人種の大統領が誕生して大騒ぎになったけど、イギリスでは、バルバドス人とアイルランド人の間に生まれたJohn Archerっていう政治家が1913年に既に存在していたんだ。それくらい、ロンドンで有色人種の存在は当たり前だったんだよ。有色人種の捉え方に関して、これはすごく大事なことだけど、英国は吸収した、アメリカは区別した、っていう大きな違いがあると思うな」
F 「そういう部分は今のベルリンと近いところがあるかもしれない。私の友人でも何人かいるのですが、外国人と結婚する方が多いんですよ。異なる文化を受け入れる姿勢はロンドンに似ているのかもしれないですね」

――かつてTHE ORBはBill Laswelさん主催のダブ・コンピレーション(『Axiom Dub / Mysteries Of Creation』)に参加されていましたが、NYにもロンドン、ベルリンと似た環境があると思われますか?
P 「なんだっけ、それ……。あー、君なかなかイイことを思い出させてくれたね。そのコンピレーションに入ってるのは、THE ORBとしての曲じゃないんだよ」

――えっ?どういうことなんですか?
P 「勝手に“THE ORB”って書かれちゃってさ。当時Billも俺たちも同じレーベル(Island Records)に所属していた関係だと思うけど、何故かそういうことになってしまって」