那倉悦生「鏡を抜けて」 第4話


「罰」

四日間ぶっ通しの酒飲みパーティーから帰還して小嶋アンナは鉄製のベッドに寝転び、芸能界からの手紙を開いた。小さなアメリカ国旗が右下の端にプリントされているそれは、獲物を待ち伏せする蜘蛛のような、静かな攻撃性を孕んでいる。友人が一人死んだだけで、概ね静かな日常が過ぎていた、その死は必然的なタイミングで訪れた。コカインのオーバードーズで心停止した友人は、生前、何事も愉快でなければならないと嘯いていたが実質は不安障害でだいぶ損をして生きていた。彼は音楽の才能に恵まれていたが、オリジナルのコードを生み出したせいで、ハブにされていた。新しい感情が生まれることを、複数の芸術家が拒んだのだ。よって彼は奇跡をドラッグに求め、あらゆる社交を絶った、それが死因である。小嶋アンナは芸能界を夢見る少女だが、90分以上の映像に耐えうる集中力を有さなかった。手紙は黒澤明その人からのものであった。アンナは青いドレスを脱ぎ捨て、死した友人の愛した女性について思いを巡らせる。その女性は醜く太っていたらしい。友人は恋人の存在を言語でしか表さなかった。恐らく心の優しい女性だろうとアンナは想像する。なぜなら友人は猫を毛嫌いしていたから。猫好きに悪人はいないと津田大介はいうが、愛玩というエゴに耐えられない弱い人間を、悪人と呼ぶ道理はない。小嶋アンナはアマゾンで2万円で購った鉄柵をベッドの枕元に接合した、去年末、生まれて初めての工作だった。吐き気。白い磁気を反吐で汚すアンナの頭の中では、SEX PISTOLSのBODIESが流れている。二日酔いは小さな幸せであり、緩慢な自殺だ。生きることからの逃避の罰、ツケが回ってきたというわけだ。

挿画: MASpecial Capital」 2015 | キャンバスに油彩, ペンキ, スプレー, マーカー 455mm x 530mm 第3話 | 鏡を抜けて | 第5話