熱さだけを出したかった
取材・文 | 久保田千史 | 2011年7月
Photo ©WYPAX
――結成はいつ頃ですか?
「2000年ですね。自分で言うのもナニですけど、最初はめちゃめちゃダサいバンドだったんですよ(笑)。トメさん(YOYO-T | BOWL HEAD inc.オーナー)にリリースのお願いをしたこともあったんですけど、“勝手に出せば”って言われちゃうくらい(笑)」
――今はめちゃくちゃかっこいいです。当初はどんな音楽性を目指していたんですか?
「俺の意見が反映されることが多かったんですけど、もともと速いのが好きで。ユースクルーとか。バンドで言ったらYOUTH OF TODAY、TEN YARD FIGHTみたいな。最初、“音はYOUTH OF TODAYで格好は2Pac”っていうコンセプト?があったんですよ(笑)。つまり何にもわかっていなかったんです(笑)」
――いやいや。ユースクルー・スタイルでやろうと思ったのには何かきっかけがあったんですか?
「う~ん、俺けっこう音楽の聴きかたが変で。ハードコア / パンクに入るきっかけになったのは西海岸のメロディック・ハードコアだったんです。BAD RELIGION、PENNYWISEとか。その周りのバンドを聴き漁っているうちに、いつの間にかYOUTH OF TODAYみたいなものも聴くようになっていて。SICK OF IT ALLとか。H2Oなんかも最初は西海岸のバンドだと思っていたくらいで(笑)、全部“ハードコア”だと思って聴いていたんですよ。詳しい友達に教えてもらったりして、それぞれどんなバンドなのかわかるようになった感じですね。その中で一番フィットしたのがユースクルーだったんです」
――2Pacはどこから出てきたんですか(笑)?
「(笑)。2000年くらいに周りでGファンクが流行ったことがあったんですよ。地元の友達もローライダーとかに乗っていて。それにちょっと影響されちゃったんですね(笑)。でもそのおかげでヒップホップも聴いたので、良かったんですよ。Ice Cubeとか。高校生の頃からWU-TANG CLAN、Nasとか好きな友達もいたから、耳には入ってきていましたけど。でもまあ、がっつり聴きこんだりっていうことはなかったです」
――友達で、今がっつりヒップホップをやっているかたっています?
「ROCKCRIMAZ / MEDULLAのトモ(ILL-TEE)ですね」
――1stアルバムはけっこうローカル・ビートダウンのムードがありますよね。そこまでの道程はどんな感じだったんですか?
「ずっと時代もジャンルもごちゃ混ぜで聴いてきたので、“ビートダウン”というものが耳に入ってきたのはけっこう最近のことなんですよ。だから1stのときも別に“ビートダウン・バンド”っていうことは意識していなくて。モッシュ・パートが欲しいなあ、くらいの感じだったんです。ユースクルーから、JUDGEみたいにちょっとタフでメタリックなバンドを聴くようになって、SICK OF IT ALL、MADBALL……っていう流れですね。あとメタルとかも」
――そうなんですね。FIGHT IT OUTって、あまりメタルの影響は感じないんですよね。
「METALLICA超好き!みたいな感じではないんですよ。空気を汲み取るだけというか……。BRUJERIAとかも好きですし。たぶんルーツを辿るとぐちゃぐちゃだと思うんですよ(笑)」
――雑食なんですね、良いことだと思います。
「そうですね。でも自分でバンドをやるとなると、やっぱり速いものがいいんですよね。だから1stアルバムでも、ビートダウンと同じくらい速い曲もたくさん入っていて。HOODSみたいな、重くて速い感じの」
――そうですね、HATEBREEDよりHOODSっていう感じですね。
「はい。HOODSはドンピシャでしたね」
――今までのお話を総合すると、今回の2ndアルバムでの変化は自然な流れだったんですね。“やってみました”という感じじゃなくて、連続性もありますもんね。
「そうですね。1stの速い部分を凝縮した感じで」
――ビートダウンは飽きちゃったんですか?
「飽きた……というか、他と同じことをするのが嫌なんですよね。モッシュ・パートで暴れさせる、っていうのが定番になっちゃってるじゃないですか。そういう形式ばっているのが嫌で。俺はもっと、自分の好きな速いパートでグッと惹きつけたいっていうのもあるし。あとは歌ですね。速い曲のほうが気持ちを載せやすいんですよ」
――それに合わせて歌詞も日本語詞に変えたんですか?
「そうですね。けっこう英語がコンプレックスになっていたところがあって。普段は英語を喋っていないわけじゃないですか。日常生活で英語のスラングなんか別に使わないし(笑)。そういうコンプレックスを払拭するためにも。ヴォーカルとして、やっぱり言いたいことをちゃんと伝えたいし。日本語にしたら正直なことしか言えないじゃないですか。熱さだけを出したかったんですよね」
――具体的に歌詞はどんな内容が主なんですか?
「2ndを作るって決めてから俺が見てきた状況というか……バンドを長くやっていると、変なしがらみとかも出てくるし……。あとは友達のこととか、政治的なこともあります。歌詞を読むと文句みたいに見えるかもしれないですけど、前向きになるための悪口なんです。もっと良くなることがたくさんあるっていう想いも込めてますし」
――タイトルに“Hope”を入れたのは、先の震災の影響もあるのかな、と思ったんですけど。
「歌詞を曲に載せたのは震災の前だったので、歌の中では歌っていないですけど……常に頭の中にはありますね。ベネフィット・イベントにも出させていただきましたし」
――音作りがノイジーというか、より勢いのある荒々しい仕上がりになっていますよね。これも意図的にそうされたんですか?
「そうですね。俺の中では『American Hardcore』(2006, ポール・ラックマン監督)のDVDを観たのがけっこうデカくて。衝撃だったんです。あの空気感が俺の求めていた感じに近かったんですよね。ファッションより怒りというか。俺はヴォーカルだから、文化とか音楽の背景よりも、気持ちの面でのハードコアをもっと出したいなって思ったんです。荒く、鋭い音で」
――こういった音作りをする上で、影響を受けたバンドってありますか?
「また俺の変な音楽の聴きかたが反映されちゃうんですけど(笑)。最近になってHERESYを聴いて、ファストコアを聴くようになったんですよ。CAPITALIST CASUALTIESみたいな、Six Weex、625 Thrashcore周りのものとか。あとはINTERNAL AFFAIRS、PIECE BY PIECE、TRASH TALKとか。アルバム作る直前にそのへんの音をよく聴いてたんで、影響は大きいですね。MK ULTRA、SEEIN' RED、LOS CRUDOSとかを教えてもらったり。俺、全然マニアックじゃないんですよ。入ってきた情報をところどころつまんでいる感じなんで……。そういうの好きなんすか!みたいに話しかけられてもたぶん困っちゃう(笑)」
――でもそれがバンドのオリジナリティに繋がっている感じはしますよね。
「そうですね、俺はそう思ってるいんですけど。うちのバンドってたぶん、スポンジみたいな感じなんですよ」
――CROWN OF THORNZみたいなアルペジオも出てきますよね。
「うわっ(笑)。ジャムっているときにギターの奴にアルペジオ入れてって頼んだら、あれだったんですよ。これって……?っていうことになって、実際CROWN OF THORNZのCDをスタジオでかけてみたらやっぱり……。でも入れちゃうことにしたんです(笑)」
――いえいえ、この音の中にあのアルペジオは意外性があってかっこいいと思いました。もっと身近なところで、影響を受けたバンドってありますか?
「A.O.Wの存在はものすごく大きかったですね。知り合ったのはここ2年くらいのことなんですけど、たまたま観たライヴでヤラれてしまって。“俺、今まで何をちょづいていたんだろう……”って考えてしまうくらい覆されちゃったんですよね。ライヴに対する姿勢は100%影響を受けています」
――FIGHT IT OUTだってライヴは強烈ですよね!
「嬉しいっす。強烈なライヴをしないとマズいなっていうのはありますし」
――1stの頃ってちょっとサグい印象もあったじゃないですか。そのイメージで怖がってライヴに行けない子たちのことはどう思ってます?
「俺たちは誰かを傷つけようなんてこれっぽっちも考えてないんで、そんな子たちにもぜひライヴを観に来てほしいですね。サグに憧れてる奴らはいるかもしれないけど、そういうのはファッションとしてしか見ていないんで。俺はモヤシだなんて全然思わないし、言いたいことや熱さが伝わって、一緒に楽しめたらなって思います。ライヴが盛り上がらなくても、CDを買って聴いてくれて何か感じてもらえるっていうだけでももちろん嬉しいですし」
――FIGHT IT OUTって、特定のスタイルだけを聴いている人からしたらけっこうな振り幅でいろんなライヴに出演しているじゃないですか。上の世代で言えばSLANGみたいに。自分たちがそういうバンドだということは認識されてるんですか?
「SLANGは高校生の頃からずっと好きな日本のバンドのひとつなんですよ。でもSLANGみたいになろうとしてるっていうことは全然ないです。流れに任せてライヴに出ていたらこうなっていたっていう感じですね。でもまあ、こんな動きかたをしているのって俺たちくらいしかいないし、俺たちがやることでアリにしちゃいたいっていう気持ちはありますね」
――そういう動きをすることで、違うジャンルのファンがライヴに来てくれることってありますか?
「ありますよ。“PUNKAFOOLIC!”で観て好きになってくれて、ライヴに来るようになった子とかけっこういますね」
――今なかなかそういうバンドっていないですよね。しかもFIGHT IT OUTは、あらゆるタイプのライヴに出ているだけじゃなくて、地元をすごく大事にしている印象があります。“横浜ローカルのバンド”だという意識はあるんですか?
「それはありますね。自分たちのイベントは横浜でやっているし。一時期横浜のバンドたちの活動がスロウになっちゃったことがあって。ここ2年くらいは俺たちがやらないとイベントもないくらいの感じだったんですけど、A.O.Wの存在を知ってからは捨てたもんじゃないなって思うようになりました。横浜は昔からすごいバンドがたくさんいますからね。SYSTEMATIC DEATH、ECHOとか」
――そうですね。その歴史をFIGHT IT OUTが更新している感じがあります。最後に、この場で何か言っておきたいこと、ありますか?
「う~ん、文句っぽくなっちゃうし、俺みたいなのが言うことじゃないかもしれないんすけど……。守りに入ってるバンドが多過ぎるんですよ。いろんなイベントに出てみて実感しているんですけど、お客さんを選んでいる場合じゃないぞっていう。そういう壁みたいなものが壊れていったら、もっとおもしろいことになると思うんですよね」


