NUMB

NUMB, 2014

やっぱり、音楽がやりたい

 アーリー90s NYHCをいち早く取り入れたスタイルでその名を知らしめ、1995年の結成から間もなく活動20年目を迎える東京ハードコア、NUMBが、再録音アルバム『Death.Co』(2004)を挟み、2000年作『Plutinumb』以来実に14年ぶりとなる2ndフル・アルバム『City of Dreams』を3月にリリース。DBXの大野俊也(元「Fine」「Warp」編集長 / 現「FLJ」編集長)を共同プロデューサーに迎え、IGNITE、PROPAGANDHI、SICK OF IT All、STRETCH ARM STRONGなどを手掛けた名匠Ryan Greeneがミキシングを担当した同作は、重鎮(そう呼ばれることを本人たちは否定するけれど)ならではのどっしりとした余裕と、今なおフレッシュな感性が同居する最高傑作。OZK(CREEPOUT)、ILL-TEE(ROCKCRIMAZ, MEDULLA)、H8MONGER & DOC.P(DOGGY HOOD$)、YOYO-T(SOUL VICE / BOWL HEAD inc.)、LOW-BUSTER(DOMINATE)ら東京の盟友をはじめ、大阪からMakoto(SAND)、海外からもSUBURBAN SCUMの面々、Nick Woj(COLD WORLD, PEGASUS)までがゲスト参加、SK8THINGによるカヴァー・アートや東京を代表するボマーたちのグラフィティ、ENDによるイラストやYOYO-Tのデザインも加わり、NUMBを取り巻くカルチャーをパックした鉄壁の仕上がりです。最高峰のモッシュコア・アルバムであることはもちろん、いちロック・アルバムとしての円熟を感じさせる内容です。時間をかけて制作された本作について、バンドのファウンダーNatsuo氏(g, MOLTAL)とSenta氏(vo, ETERNAL B)、そして2009年よりベーシストとして加入したYuri氏(MOLTAL, SWITCH STYLE)にお話を伺いました。お3方はなんと、同じ中学校の同級生。バンド結成時のバックグラウンドもたっぷりと語っていただいています。

取材・文 | 久保田千史 | 2014年1月

――1stアルバムから14年ぶりということですけど、『Plutinumb』が1stアルバムがなんですよね。気持ち的には『Roar 365』(1996)が1stっていう感じですけど。
Senta 「そうなんですよね(笑)。『Plutinumb』は僕らとしても位置づけは2ndなんですけど。アルバムとしては1stなんですよね」

――そこから14年が経過して。
Senta 「なんてこった!って感じですよ(笑)」

――でも止まっている印象は全く無かったです。
Senta 「そうですね。まとめて曲を作るという能力がなかっただけで(笑)、コンピレーション参加とかはしてましたからね。でもやっぱり、ライヴをやるのに追われていたっていうのが大きいですね。ライヴは1度も止まったことがなかったんで。その間にメンバー・チェンジがあったりなんだりで、結果的14年経ってしまったという……。“作るタイミングがなかった”っていうのは言い訳なんでしょうけど……」
Natsuo 「(笑)」
Yuri 「NUMBは、“ライヴをやった週のスタジオ入りはお休み”っていうスタイルなんですよ。だからライヴをたくさんやっていると必然的にスタジオで作業しなくなっちゃうんですよね。僕が入った当初でも、年に5、60本はやってたと思うから。アルバムを出すことになってから減らしていったんですけど」

――やっぱり、お誘いがあると“おもしろそうだな”って思ってしまうんですか?
Natsuo 「そうですね、とりあえずは出ますね」
Senta 「レコーディングを始めてから断る機会もいくつかあったんですけど、それでも若干“俺、調子乗ってんじゃねーかな”って思ったくらい」
Natsuo 「“最近ライヴやってねーな”っていう気分になったよね」
Yuri 「基本的に断らないバンドだっていうことは知ってたんですけど、実際加入してみて、“本当に断らないんだ”って思ったもん(笑)」
Natsuo 「2000年くらいから、本当に色んなバンドとやったよね」
Senta 「同じバンドとばかりやってるイメージがあるかもしれないけど、実はそんなにないんだよね」

――様々なバンドと渡り合って、どんなバンドが印象に残っていますか?
Senta 「たくさんありますよ!たくさんありすぎてわからないくらい」

――個人的には、昨年GAUZEと対バンされていたのが印象的だったのですが。
Senta 「いや~、もう、すごかったですよ。あれは本当に良い経験でしたね」
Natsuo 「一緒にやるのは初めてだったもんね」

――同じ“ハードコア”と呼ばれるカテゴリの中でも、例えばGAUZEのようなバンドNUMBとでは、かなり異なるスタイルですよね。
Senta 「世代もあるしね」
Natsuo 「そういうすごい先輩方がたくさんいるっていうのは、バンドを始めてから知った感じでしたね」

――そういう状態から、“ハードコア”のバンドを始めるに至るインプットはどこからもたらされたのでしょう。
Senta 「やっぱり、まずSWITCH STYLEですよ。僕たちは中学の同級生なんで、ライヴを観に行く機会が多かったんですよね。その時に色々なタイプのバンドを観ることが出来て。初めてのイベントがDBXと一緒だったんだよね」
Yuri 「そうだね、初めてちゃんと対バンみたいなことをした時はそうだった。あとはCOCOBAT、NUKEY PIKESとかね。そういったバンドの影響はやっぱり大きかったです。当時はクラブ・イベントが流行ってたから、Sentaとよく行ってたんですけど、ヒップホップもレゲエもハードコアもみんな同じハコでやっている感じで。NUKEYやCOCOBATはそういうところでも流れてたんですよ。Sentaは誰とでも仲良くなっちゃうから、色んなイベントに行きましたね」
Senta 「まあSWITCH STYLEもそうですけど、USのハードコアみたいなことをやっているバンドは日本にもいるんだな、って思ったんですよ。BLIND JUSTICEとかね。USハードコアって音源でしか聴いたことがなかったから、かっこよかったんですよね。そういう背景があって。でも実際自分でバンドを始めるにあたっては、やっぱり人とは違うことがやりたかったんですよ。その時にNYハードコアのコンピレーションでKILLING TIMEに出会って。当時って、ハードコアと言えば速い曲ばっかりだったじゃないですか。でもNYハードコアには、まあ速いバンドもいるけど、スロー、ミドルのバンドもたくさんいて。KILLING TIMEを聴いて、ミドルで行こう!っていうことになって。初期Victory Recordsとかも2ビート主体ではなかったし、そういったものがあまり日本にいなかったんで。自分たちがやろうと思って始めたんですね」

――COCOBATやDBXにもそういう要素はありましたけど、NUMBはもっとNY寄りですよね。
Senta 「そうですね。そういうハードコアがやりたくて。もっと知りたかったんで、本の記事を片っ端から読み漁って。当時はインターネットがなかったから、先輩に教えてもらって、調べて、レコード屋さん行って」
Natsuo 「周りに詳しい人が多かったしね」

――レコード屋さんはどのあたりに通っていらっしゃったんですか?
Natsuo 「家が近かったこともあって、西新宿が多かったですけどね」
Senta 「あとはディストロだよね。半田商会とか。Victory Recordsなんて今は有名だけど、日本に一番最初に入れたのは半田さんですからね」
Natsuo 「EARTH CRISISは半田さんから買ったね」
Senta 「俺パーカーも買ったよ(笑)」
Yuri 「半田さんは、ライヴにたくさん持ってきて売ってたよね。紙芝居屋さんみたいな感じで」
Senta 「要するに、僕たちは80sのクロスオーヴァーとはちょっと意味合いの違う、90sのクロスオーヴァーというか、スローなメタルだったり、ダウンチューニングの重いバンドだったり、そういうものを掘っていったんですよ」
Yuri 「ヒップホップのフィーリングがあったりとかね」
Senta 「そう。まとめるとBIOHAZARDですよ、やっぱり。あれには完全に衝撃を受け過ぎてしまって。ビデオを観てみたら、腕はぶん回してるは、何mのところから飛んでるんだ?みたいなダイヴとか、何だこりゃ!? と思ったんですよね」
Natsuo 「あのビデオはたしかにヤバかった」
Senta 「音はメタルだしさ。何だろうこれ?と思って。あれが1番ガツンときましたね、僕は」
Natsuo 「あと同じ系統で言えば『Judgement Night』とかね」
Senta 「BODY COUNTとかね。ICE-Tがバンドやってるって聞いて、何それ!? って思って。聴いてみたら、わけわかんないヘヴィメタルだし。黒い音で自己流のメタルをやってる、みたいな。そういう不完全なところが、すごくかっこよかったんですよね。ハードコアを聴き始めるより先に、ヒップホップが好きだったっていうのも大きいかもしれない。HOUSE OF PAINとかPUBLIC ENEMYが流行ってたし」
Yuri 「DJやってる奴も周りに多かったもんね。ヒップホップのDJに“Bring The Noise”とかCYPRESS HILLなんかを教わった感じですね」
Senta 「当時のヒップホップって、今よりもっと“ダンス・ミュージック”だったじゃないですか。そういうところが好きだったんですけど、BIOHAZARDからはそれが感じられたんですよ。SICK OF IT ALLも、AGNOSTIC FRONTもそうだし、MADBALLなんか特にそうだけど、別に全然ヒップホップじゃないのに、ヒップホップを感じられたんですよね。やっぱり、NYの“街”なんですかね。その独特の感じが好きになっちゃって。それがNUMBの基礎になってるのは間違いないですね。あと90sのRoadrunnner Recordsはやっぱり大きいですよ。90sのRoadrunnerって、何か出る度に絶対新しい音楽だったじゃないですか。BIOHAZARDくらいから、MACHINE HEAD、MADBALL、BLACK TRAIN JACK、LIFE OF AGONYだってそうだもんね。なんだかよくわからなかったんですけど、その訳が分からない感じがすごく良かったんですよね」

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