Atom™

Atom™ / photo ©Renato del Valle

正当なメッセージのための“態度”

 1980年代のプレテクノ期よりエレクトロニクスを用いたミュージシャンとして活躍し、Atom Heart、Señor Coconut、Geeez ‘N’ Goshをはじめとする幾多の名義を使い分けてあまりにも多彩なスタイルを披露してきたAtom™ことUwe Schmidt。坂本龍一やTetsu Inoue、Towa TeiらとのコラボレーションやDEPECHE MODE、PRONGなどのリミックスワーク、Bernd Friedmannと組んだFLANGERでの活動でも知られ、近年はOriginal HamsterとのSURTEK COLLECTIVEとしての活動を再び精力的に繰り広げていた鬼才が、Atom™名義の新作『HD』を独Raster-Notonよりリリース。じっくりと制作されたことが窺える同作は、“ポップ”というフォーマットに、これまでになく明快かつ挑発的に主張を詰め込んだ攻撃的な作品に仕上がっています。レーベルRather Interestingの共同運営者でもあった故Pete Namlook(2012年11月に急逝)への追悼作品でもある同作について、Schmidt氏にメールでお話を伺いました。

取材・文 | 久保田千史 | 2013年3月
通訳 (thanks!) | インパートメント 稲葉昌太 下村雅美
main photo | ©Renato del Valle
Atom™ 'HD', 2013 Raster-Noton
Atom™ ‘HD’, 2013 Raster-Noton

――制作は2005年から開始したとのことですが、1998年の12″ ヴァイナル「Hard Disk Rock (Don’t Stop)」を下敷きにした楽曲が含まれていることを考えると、15年越しの作品ということになりますよね。長い年月が経過していますが、当初からのコンセプトは一貫しているのでしょうか。
 「実際のところ、“Hard Disk Rock (Don’t Stop)”をはじめとする過去の作品を素材にした楽曲群が『HD』のために制作されたのは比較的遅かったのです。“Stop! (Imprerialist Pop)”に至っては曲の構想は数年前から持ってはいたものの、制作を始めたのは2012年ですから。レコーディングが1998年に始まったのだと思い込まれたのかもしれませんが、それは新しい音楽作品を作るという行為が、音が生まれた瞬間から始まっていると誰かが論じているからなのではないでしょうか。おもしろい考えですね!!! 制作がいつ始まったのかを明確にするのであれば、私はむしろ、このアルバムの着想そのものを得た時にすべきだと思います。だとすれば、それは2005年ですね。遅くとも2006年にはこの作品が仕上がっていなかった、というのがその理由です。当時、私に大幅な変化が訪れており、特に技術的な理由から2007年前後には制作を諦めざるを得ず、このアルバムの完成については待とう、という結論に落ち着きました。そのような顛末を経て、この作品が正しい時期と場所に届くに至ったのが2012年だったのです。ですから、明確に“コンセプト”と呼べるものがあった、と言うよりは、最初に生まれるべきムードや感覚などがあった、と言うべきでしょう」

――昨年Pete Namlookさんが亡くなられたこと、大変残念に思います。このアルバムをRather Interestingからリリースする予定もあったのでしょうか。
 「実のところ、『HD』も、それが2007年に『Hard Disk Rock』と呼ばれていた当時も、Rather Interestingからリリースすることは考えていませんでした。もちろん、Peteはこのアルバムを気に入ってくれたと思いますし、私も彼に聴かせるのをとても楽しみにしていました。しかし彼は去年の11月に亡くなってしまい……。アルバムが完成したのはその1ヶ月後でした」

――SchmidtさんはHD(ハードディスク)とリアルの関係について度々言及されていますよね。15年の間に、Schmidtさんがかつて危惧されていたような状況の方が優勢になってしまっている感があります。このアルバムが仮に、誰かの所有するストレージに書き込まれ、一度も再生されることがないとしたら、どんな気分ですか?実際に起きるであろうことではありますが。
 「コンピューターを非常に高いレべルで使いこなしている人々、例えば多くの芸術家やミュージシャンなどが、日常生活のツールとしてのコンピュータを発見したばかりの世間一般に対し、大きなアドヴァンテージを持っていると仮定しましょう。“iPhoneの世界”はまだ始まったばかりで、平均的なユーザーはあの小さな機械の中で“全て”を持つことがどういった意味を持つのか、まだ理解してはいません。片や私の多くのミュージシャン仲間たちは、この20年余りを通じて、コンピュータの虜になることが何を意味するのかを目撃してきました。ハードディスクという非常に脆い媒体の中に、リアルな、価値のある情報を保管するということは、対処に特別な注意を要する独特の状況です。例えば、個人的かつ文化的な“記憶”に関するすべてのテーマはそれに関連していて、そのデータへのアクセスがどれだけセキュアであるか、という疑問を生じさせますよね。また、ハードディスク上では、保管されているものはいつでもまとめて失われる場合があります。たとえそれが素晴らしい“仕事場”であっても、特別なケアと系統化が求められるのです。私は、現在の社会情勢では、現実世界をデジタル複製しても不安定になると認識しています。以前にも私が指摘したように、一部のハードコアなコンピュータ・ユーザーが既に気付いていることに、我々は未だ気付いていないのです。ハードディスクのデータ全て失ってしまった経験を経た人は皆、究極的にはそれがどれだけ非現実的なものであるかを実感させられます。それが“危険だ”とか“良くない”などど言うつもりはありませんが、最終的にはあなたに影響を及ぼす新しい状況を招くのですから、しっかりと意識しておくべき問題だと思います」