必然性から生まれる一期一会
取材・文 | 久保田千史 | 2016年3月
main photo | ©Miki Matsushima 松島 幹
――『Archive 1』『Archive 2』~『NOISE』に続いて、今回もUS盤ヴァイナル3種とCD、日本盤CDとあって、デザインワークたいへんそうですね。
「たいへんでした。自分で“日本盤は別ジャケにしましょうよ”って言っちゃったんです。ライヴ盤を追加したから、少し違う感じにしたくなっちゃった」
――BorisとMerzbowはこれまでに幾度となくコラボレート作をリリースしているので、おなじみのイメージがあったのですが、今回はいつも以上に力作になっているように思います。
「そうですね。秋田(昌美)さんと一緒にやるようになってから、ここまで大掛かりなものは今までなかったと思います。『Rock Dream』も日本盤と海外盤を出したけど、今回は同時再生っていうコンセプトがあるから、ちょっとややこしい(笑)。音源ができるまではすごくスムーズだったんですけどね。レーベルとの話が始まると、これは可能、これは不可能、っていうのがやっぱり出てくるじゃないですか。パッケージングとかね。条件の隙間を縫ってデザインしていくのはなかなかたいへんでしたね。単純に、cmとinchが違うだけでもストレスなんで」
――レコーディング後の作業がしんどかったんですね。
「はい。僕らのレコーディング自体は2014年の春には終わっていました。元々は、DOMMUNEでのライヴをドラムレスのショウにしよう、っていうアイディアが生まれて。でも4時間の配信時間を全部自分たちで構成することはできないので、秋田さんにゲストで入っていただいて、合体でも数曲やったんです。その日のライヴがすごく良い感じだったから、3日後にはとりあえずレコーディングをしていたんですね。その音源を最終的にどうリリースするかは決めていなかったんですけど、アイディアを練っていく段階で、Boris単体でドラムレスの音源を出すより、Merzbowとのコラボレーションとして出したほうがおもしろいんじゃないかと思って。さらに、2者をステレオ上でミックスしてしまうのではなくて、それぞれ別のディスクをリスナーが同時再生することによって目の前で“現象”が起こるような作品にしたら、さらにおもしろいんじゃない?っていう風にコンセプトが固まっていきました。2014年の10月くらいには僕らの音源はミックスまで終わっていたので、それを秋田さんにお渡しして、12月くらいにはMerzbowサイドの音も上がっていたんですよ」
――その時点からでも1年強。
「長いでしょ(笑)?まあ、勝手なことばかり夢見てるんで。こちらのアイディアにディストリビューターが難色を示すこともある。レーベルもあの規模になると、ディストリビューターと一緒に製作をしている感じが強いんでね。アーティストやレーベルの一存では話が進まない部分も出てきます」
――そうなんですね。善し悪しを図りかねる部分もありますけど……。でもレコーディングはこれまでと同様に良い流れで進んだわけですね。具体的には、ドラムレスのBoris音源に秋田さんが音を付ける、という進行だったのでしょうか。
「それが、そうでもないんですよ。秋田さんは秋田さんで、牛をテーマに録音を進めていた作品があって。それが合流してきたようなイメージですね。だから、それぞれの作品、それぞれのアーティストのディスクとしても成立するし、同時再生しても別の新しい現象が起こる。そういう仕組みになっていますね」
――同時再生というコンセプトにあたって、タイミングなどは打ち合わせしなかったのでしょうか。
「全然。僕らは秋田さんにできたものをお渡ししただけですね」
――本当にそれだけなんですか。
「はい。そもそも、“せーの”で同時に再生しなければならないという性質のものでもないんで。当初からドラムレスにしている時点で、グリッドが薄まるじゃないですか。もちろん、コードの移り変わりだとか、ヴォーカルのタイミングといったものはあるんですけど、ドラムがないことによって曲が進行するタイミング、“1拍”という縦の線が面になって、他の音との糊しろが幅広くなってゆく。今回買っていただいた人が再生するにあたっても、タイミングはその時々で違っていて良いと思いますし、音量感のバランスも毎回好きなようにしていただければいいし、もっと言えばヴァイナルなら別の面と組み合わせてみてもらってもいいし」
――同時再生やってみたんですけど……めちゃめちゃざっくり言うと、たのしいですね(笑)。
「単純にたのしいですよね?それぞれの人に、そのときにしか聴けない現象が絶対現れる。色んな人の目の前に、毎回新しい音楽が生まれるというのは、すごく素敵なことだと思う。表情も毎回違うだろうし、例えばBorisの曲を元々知っている人と知らない人とでも聴こえてくるものが違ったりすると思う。本来音楽自体、リスナーも参加して一緒に完成させてゆくものだと思うんですね。聴くことによってリスナーのイメージを、音が鏡のように映し出して完成する。そういう側面が、今回の作品コンセプトでより顕著に現れることになる」
――なにかしらのコンテンツに付随するデータとしての受動的な音楽に対して、動的 / 能動的な音楽コンテンツを作ることによってアクションを起こしているような印象も受けました。
「最近は日本にいることが多いので強く感じるんですけど、日本の音楽、特にアニソンとかそういったものは、動的な部分が90%くらい占めていると思うんですよ。設定や世界観だけ示されて、その中をリスナーがパンパンに膨らませた妄想で埋めてゆく。それもひとつの表現のかたちだと思いますが、自分たちとしては音楽は音楽として機能していないと、ちょっと居心地が悪い。記号を与えて、それをトリガーとして妄想を爆発させるだけではなくて、音楽は音楽で常に表情を変えていて、そこにリスナー側のイメージ、文化的経験が作用して新しい音楽が生まれてゆくような、両者の存在意義、相互関係がもっとあったほうが幸せだと思う。そういう意味では物言いにはなるかもしれないですね。今回の作品は」
――それは、例えばアニメに付随する音楽は、ある程度記号的にフォーマットが組まれているということですよね。
「そのほうがたぶん、買い手のイメージを邪魔しないんでしょうね。その人たちの妄想が入り込む余地というか、音楽の表情や現象がその時々で気を惹いてしまったら、妄想の邪魔になるでしょう。自分たちが作ってるものはその逆。常に色んな現象が起こっているところに聴き手の無意識や経験が一緒に絡み合って、その人だけの経験になるような……。でもまあ、物言いとかよりも、シンプルに楽しんでほしいという気持ちのほうが強いですけどね。僕は、ガンプラを一生懸命作って、エアガンでぶっ壊すっていうのが大好きだったんですよ(笑)。何かが壊れる瞬間、壊れそうになっている状態ってハラハラするし、ドキドキするし、美しいでしょ?今回の作品もネガティヴな言葉で言えば、お互いが壊し合っているというか。作用し合って本来の姿が変容してゆく。そういうものが聴きたいんですよ」
――非可逆性を表現するという。
「そうですね。どうなっていくかわからない余地を作品の中に取り込めたのは嬉しいですね」
――壊しても直せるガンプラがあったら、エアガンで撃つ気しないですもんね。
「あはは(笑)。そうそう。その一回性というか。でもやってしまうというあの感じ。儚さとか、一期一会を強く感じてもらえたらいいですね。昔だったら、ヴァイナルは再生する度に劣化してゆくので、まだ一期一会な感覚があったじゃないですか。作った人やリスナーと、音源が同時に歳を取る。今みたいに音楽がデータになってくると、日常の中で同じことが毎回繰り返される。今回の作品は、同じことが二度と繰り返されないことを際立たせるので、音楽本来の楽しみ方に立ち返る部分もあると思う」
――そのアイディアを共有したのはMerzbowだったわけですが、その選択は即決だったのであろうと想像しています。ほかの方と試す選択肢はなかったのでしょうか。
「そうですね。なかったです」
――合体ライヴを拝見したときは、コラボレーションというより“そういうバンド”という感じがしました。“Boris with Merzbow”というバンド。
「うんうん。そうですね。そういうバンドです。Borisサイドは勝手にそういうつもりでやっています(笑)」
――本当に、秋田さんもメンバーみたいに見えて。
「はい。ライヴは“コラボレーションのライヴを企画する”というより“Boris with Merzbowのワンマン最近やってないなー”みたいな感じで組んだりするんですよ。今回の作品制作も自然な流れですね。秋田さんとやる度に、毎回自分たちの曲が更新されてゆく感じはやっぱり、すごくおもしろいんです。だからこそずっと続いているんだと思います」
――その相性の良さは、どういう点に集約されていると感じていますか?
「わかんない……(笑)。でも相性は良いと思います」
――やっぱり、秋田さんが1970年代のロックがお好きだったりするところなのでしょうか。
「それもありますね。僕は秋田さんにロックのルールを教えていただいた部分もあるので」
――ロックの“ルール”。
「1990年代の中頃からコラボレートが始まって、秋田さんの家に僕よく遊びに行くようになってから、知らないハードロック、ヘヴィロックをたくさん聴かせてもらって。アナログのライブラリがすごいんで。その場で次々にレコードを聴かせていただいて“すごく中途半端でしょ、それが良いんだよ”みたいな。秋田さんがどうロックやバンドを捉えて聴いているかという視点ごと聴いていたので、僕にとってはロックの先生みたいなところがあるんですよ。そういう意味でロックの“ルール”を教わっているというか。リアルタイムでツェッペリンも、グランドファンクも、UFOも観ている秋田さんは、“ロックは死んだ”って思っている世代なんですよ。世代の違う僕らが“死んだロック”をおもしろがっているところに、付き合ってくださっていたり。だからこそ繋がっていられる部分もありますね」
――ロックは死んでいると感じて非音楽へと解体した秋田さんと、死んでバラバラになったものから新しいロックを作ろうとするBorisと、相性が良いというのはおもしろいですよね。ある種矛盾するというか。
「秋田さんは“ノイズ”というカテゴリを作ってきた人だし、やっぱり世代が違うんです。僕らは、“作られたノイズ”を“音楽”として聴いている世代なんで。だから、同じものを聴いても捉え方が全然違うはずなんですよね。でもこうしてコラボレーションが続いていて、おもしろい作品も作れるというのは、本当に幸せなことだと思います。嬉しいですね」
――コラボレーションを具体的に振り返ると、『Megatone』時の秋田さんはラップトップに移行された頃だったと思うんです。今はまたアナログ機材を多用するスタイルに戻っていらっしゃいますよね。Borisは逆に、テクノロジーを駆使する方向へと徐々に歩みを進めていきました。そこでも逆方向の構図が見ます。
「Borisもよりフィジカルなほうに戻ってきてはいますけどね。一時は同期、シーケンスも使ってライヴやったりしていましたけど、最近はより揺らぎが出るようなスタイルを選ぶようになってきてます。楽曲の制作でもライヴでも。秋田さんも、今ライヴではアナログ機材でインプロヴィゼーション主体の音の出し方になっていますけど、レコーディングではまだPCで緻密に作りこんでゆくスタイルは続いているようです。ライヴと音源制作ではやっぱり違うんですよね」
――なるほど。これまでのコラボレートを通じて、お互いに方法論が流入することもあったのではないかと思ったものですから……。
「そういうのも自然な流れかな。やっぱり“今どうすべきか”ということはそれぞれに考えていることだと思いますし、どうしても“カウンター”という立場になってしまうところがあるのも同じなので。例えば、世の中の“システム”がよりグリッドに向かうなら、もっと“人”にしかできない音楽にシフトしてゆくような。でも、秋田さんがアナログに戻ったときは“やっぱりこれでいいんだな”って思ったし、背中を押されるような感じはありましたね」
――ラップトップになったときにも、その時代ならではのかっこよさがありましたよね。
「そうですね。僕らはアナログからデジタルに移行して、そこからアナログに戻った秋田さんを見ているからわかるんですよね。僕らもポストプロダクションを散々やって、そこから身体性重視のスタイルに戻ってきているわけですけど、決して無駄なことはなかった。より懐が拡がったというか、伝えるための言語、音楽的なボキャブラリーが増えたと感じることもあります」
――その感じは、『NOISE』にかなり集約されていますよね。
「そう言っていただけるとありがたいですね」
――ある種これまでの集大成となった『NOISE』以降におけるMerzbowとの共作は、双方にとって大きな意味を持つと思います。秋田さんも、Merzbow的な『NOISE』にあたる時期を経験されているわけですし、“Boris with Merzbow”にとっての『NOISE』というか。それもあってか、これまでのBoris with Merzbow作品と比較すると、洗練の度合いが全く違うと感じました。
「そうですか?」
――“PINK FLOYDの作品ではない”というところです。以前、成田 忍さんに“PINK FLOYDみたい”と言われたというお話をされていたので(笑)。その感じは全くないというか。現行バンドの“今”の作品という色合いが強くて。
「(笑)。なるほどね。MANのカヴァーとかやっていてもそういう感じはするかな?」
――そうですね。
「ああ……。カヴァー曲を喜んでやっているような素人バンド臭さがなくなって、“今”現行のバンドなっているという感じ(笑)?」
――いえっ、そんな、決して揶揄するような意味ではなくて……。MANのカヴァーに限らずBorisの過去曲も多数収められているわけですが、それらも新鮮な“今”の音として成立しているという。
「そう言ってもらえるのはありがたいですね。10年以上前の曲を、今もやっていられるというのは嬉しいし」
――秋田さんのサウンドも、やっぱり10年前とは違いますしね。
「そこも、聴き手の経験で変わってきますもんね」
――そうですね。個人的なお話しをさせていただくと、僕は青春時代に初めて買ったMerzbow作品が『Venereology』という世代なんです。だからやっぱり『Pulse Demon』とか、BASTARD NOISEとのスプリット作といったRelapse(Release Entertainment)からの作品に思い入れがあって。
「うんうん。僕からすると『Pulse Demon』1枚が名盤視されているのはすごく不思議なんだけど、やっぱりみんな、『Pulse Demon』や『Venereology』が共通認識としてあるみたいなんですよね」
――単純に世代という部分が大きいとは思いますけどね(笑)。だから、今回の作品がRelapseから出るというのはやっぱり嬉しくて。戻ってきた感じというか。
「そういう意味もあってRelapseから出したかったんですよ」
――そういう意味含まれていたんですか。
「僕もMerzbowやMASONNAがRelease Entertainmentから出していた時期を体感しているので、そういう流れはもちろんあります」
――RelapseにはBoris側からアプローチしたということですか?
「はい。Relapseとは昔から、話をする機会が何度かあって。実際に仕事をしたのは今回が初めてなんですけど、自然な流れでした。Boris with Merzbowを海外でリリースするならRelapse。自然に導き出される答がそれでしたね」
――Release Entertainmentのロゴとかも付けてくれたらさらに嬉しいですけどね(笑)。
「そこまではしてくれなかったですけど(笑)。まあ、文脈は大事にしています。ENDONもそうですけど、文脈、必然性とか、そういうものはやっぱり大事。必然性から生まれる一期一会というか」
――今はFULL OF HELLみたいな若いバンドが『Pulse Demon』オマージュのTシャツを作っている時代ですからね。
「そうそう。Merzbowに影響を受けた世の中のバンドはみんな、『Pulse Demon』デザインのTシャツを作ったほうがいいですよ。秋田さんはきっとOKしてくれると思うし。Borisも公認で作らせていただいています。みんなで『Pulse Demon』を増殖させたいですね」
――デザインの話に戻ると、今回のカヴァー・アートは何のイメージなんですか?
「これは牛です。先ほどもお話したように、秋田さんは牛をテーマに作品制作を進められていて、 “アートワークは牛をモチーフにしたい”ということで。さっきのPINK FLOYDの話とは相反する感じにはなっちゃいますけど、最初は『原子心母』みたいなイメージだったんですよ。でもさすがに有名過ぎるしなーっていう感じになって……。とりあえず牧場に写真を撮りにいきました」
――わざわざ牧場まで!個人的には、PiL『That What Is Not』を逆さにしたように見えました。
「僕的には、日本盤はピラミッド……とあるオムニバスのジャケットのイメージなんですよね。あんまりイメージを限定し過ぎるのもつまらないので、話すのはやめておきましょう(笑)」
――秋田さん的には、食肉に対するプロテストが含まれているわけですよね。
「もちろんそうだと思います。アニマルライツを主軸にされているので」
――Atsuoさんもヴィーガンとして生活されているわけですが、BorisもMerzbowも、受け手個人の何かを否定するためにやっているわけではないですよね。
「そうですね。僕個人は、秋田さんの影響でヴィーガンの生活を始めました。そうすることで、その人たちの気持ちや立ち位置、価値観というものを知ることができるし、全く別の考え方を経験できたりもします。なんでもカタチからやってみる、というスタンスなんですけど、もうヴィーガンとしても10年越えましたね」
――より広いフィールドで、多様な価値観と交わることができるわけですね。Borisは近年、Goth-Tradさんともコラボレートされています。Back To Chillのサウンドシステムをそのまま使った演奏というのは、どんな感じだったのでしょうか。
「本当すごかった。まじで今まで経験したことがない音場っていうのかな。まだこんなに知らない世界が残っていたんだ、っていうくらい」
――これだけ長く続けられているのに、まだまだ見えてくる世界があるというのがすごいです。
「ありますね。まだまだ色々できるな、って本当に感じます」
――『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』のサウンドトラックに様々なバンドと一緒に参加されていますが、普段とは異なるの反応ってありますか?
「単純にニンジャヘッズの方々から。幅広さで言えば『告白』(中島哲也監督, 2010)のサントラのほうがあったかな。AKB48から、やくしまるえつこ、RADIOHEADまで色々入っていたし」
――RADIOHEADといえば、Thom Yorkeが伊「Repubblica」紙でBorisについて言及するということがありましたよね。影響ありました?
「ないです(笑)。なんだか周りの人は喜んでくれていたから、それはよかったな、って思いましたけど。以前ライヴに誘っていただいて、Colin(Greenwood)とは色々話しました」
――世界的な評価と、日本での見られ方の違いに疑問を持つことはありませんか?
「思想を押し付けたり、今の音楽シーンやら業界と闘うとか、そういう無駄なことも本当にしたくないので。とにかく自分たちの好きなことをやって、誰かが気づいてくれればすごく幸せなことですね」
――バンドの続け方も、年を追うごとにソリッドになってきている感じがしますね。より自然な方向に純化されているというか。
「そうですね。ボーっとしている時間はないから。楽しいことをどんどんやっていきたいです」
Merzbow Official Site | http://merzbow.net/