Interview | Cutsigh (河西裕之)


暗黒でこそ光は輝いて見える

 ダブ・マイスター集団AUDIO ACTIVEの破壊的なサウンドを支え、近年は1人の“ギタリスト”として様々な客演やセッションを繰り返してきたCutsighこと河西裕之が、初のフル・アルバム『Pipedreams』をカセットテープ・フォーマットでリリース。再生毎に少しずつ姿を変える音のカセットテープならではの感触も作品の一部に思える同作は、穏やかさと緊張感が同居する極めてパーソナルな内容。アルバムやギターとの関係性について、10月14日(金)にリリース・パーティの開催を控える河西さんにお話を伺いました。

取材・文 | 久保田千史 | 2011年9月
撮影 | 小西 力


――AUDIO ACTIVE時代に河西さんがインタビューを受けられたことってありましたか?

 「ほとんどなかったですけど……『Melt 2』のときかな、俺が受けさせていただいたことはありますね」

――『Melt』シリーズは、それだけ河西さんの印象が強かったということなんでしょうね。
 「う~ん。そうなのかな。4人のミュージシャンそれぞれに見えているものが、はっきりしたレコーディングではありましたね。バンド内で」

――『Melt』で聴くことができる河西さんのプレイは、それまでに比べて格段に自由度が高いものになっていますよね。
 「そうですね」

――今回のアルバムへの伏線とも取れるプレイだったと思うのですが、ソロ・アルバムを作ろうと決めたきっかけは?
 「ソロは出そうってこの4、5年ずっと考えていたんですよ。かなり作り込んで、まとまった時期もあったんですけど、それは1回すべてオジャンにしたんです。いろいろあって……データがなくなったっていうのもあるんですけど(笑)。でもまあ、1人でやりたくなったんですね」

――近年、DRY & HEAVYでの客演(『One Shot One Kill』EP)や、ダモ鈴木さんとのセッションなど、インプロヴァイザーとしての印象が強かったように思います。
 「そうですね。インプロをやり始めてから音楽に対する意識がすごく変わって。そういう場って、結局ギター1本で行くわけじゃないですか。そうすると、もうそこで鳴ってる音に反応する以外ないわけですよね。でもたまに、“あれ?俺弾けるんだっけ……”って思うことがあるんですよ(笑)。ソロでやるとき特にそうなんですけど、さあなにか弾こう、というときに“ギターが弾けない”って思うことがあって。まるっきり無のところから音を出すっていうことが怖いというか。ライヴ、まあ録音もそうだけど、“その場限りの絶対的なもの”っていう意識がやっぱりあるから、テキトーに弾けないんですよ。インプロってすごいテキトーにやっているように見えたりするし、実際そういう人もいるのかもしれないけど、俺はちょっと胃が痛くなるくらい(笑)。弾き出すとそんなこと忘れちゃうんだけどね。だからね、昔どこかの野外でやったとき、とりあえずGのコードを弾いてみたんだけど、その響きが気に入らなくてずっとGを鳴らしていたことがあって。観てたお客さんは困っちゃったんじゃないかな……俺も困ってたんだけど(笑)」

――今回のアルバムは、1曲1曲が楽曲として完結してはいるんですけど、そこも完全ではなくて、楽曲とインプロの中間のように感じました。長期的なインプロというか。
 「うん、そうですね。日々ギターを弾いていて“もうこれ以上ないな”っていうなにかが出来るときがあって。それを残したっていう曲も入ってますね。それはその時に弾いたものであって、今弾けばまた全然違うものが録れるし。だからミストーンとか全然あるけど、それはそれで。その時の俺だから。例えば“13 Years”なんかは、朝方に夢でずっと鳴っていた音を、起きて寝ぼけながらギターを手に取って、なぞって再現して、っていうのをただ録っただけだったりするんですよ」

――“夢”は今回、けっこうテーマになっているんですよね。
 「“夢”が好きなんでしょうね。“夢見がち”とか言われちゃうんですけど(笑)。“Pipedreams”ってたしか、マーク・トゥウェインの言葉なんです。最初に使われたのは。俺も原典は当たっていないんですけど、『トム・ソーヤーの冒険』だったかな」

――要約すると、どんな意味なんですか?
 「“結局人生なんて、パイプをくゆらしている間の一瞬の出来事だ”っていう、ポワ~ンとした意味なんですけど(笑)」

――夢に出てきたものを寝起きで録った音っていうのは、後から聴くと夢の追体験みたいですよね。録音時のノイズやミストーンなどをそのままにしているのは、その当時の感覚を残しておくという意味なんですか?
 「そうですね。あと、自分の中で“良い音”ってなんだろう?ってずっと思っていたことがあって。“このキックの音ヤバいよね”とか“このロウの出音すごいよね”とか、音楽の捉え方っていろいろあると思うんですけど、俺の中ではどうだろうっ?て考えた時に、俺が好きな音が“良い音”だって思うしかなくて。やっぱり。そうなってくると、“俺の好きな音”っていうのは、そういう、カセットテープ、デモテープの音だったりするわけですよ。俺ね、ここ何年か、所謂海賊盤……例えばJohn Lennonのアウトテイクだったりとか。ああいうのが大好きで。大好きっていうか、そういうのしか聴けなくなっちゃって(笑)。正規盤とか全然聴けないの。正規盤を聴き過ぎたっていうのもあるんだけど……。John Lennonのアウトテイク集、聴いたことあります?本当にドキドキするんですよね……。なんて言うのかな……“これだ!”って思ったんですよ」

――(笑)。その理由はどんなところにあるんですか?
 「なんだろう。生々しさ?あと俺が思うのはね、すごい人って、音質とかそんなものは関係なくすごいんだっていうこと。だから“良い音楽”と“良い音”は全然イコールではないっていうことははっきりしてたわけですよ。どんなに悪い音質でも、良い音楽っていうのは絶対に良い音楽だって。とにかくね、John Lennonのアウトテイク(笑)。何年か前に出た5枚だか4枚組だかのボックスセットがあるんだけど、それね、怖くて1枚目の途中までしか聴けてないの(笑)。もちろん聴きたくて買ったんだけど、ちょっと聴いてみたら、あまりのギラギラした生々しさに、心臓が持たないと思って(笑)」

――デモテープとかアウトテイクって、生々しさと同時に、録音の状態がわからないからこそのぼんやりとした妖艶さがあるじゃないですか。ガチガチにプロダクションされたものとは違う意味での原音のわからなさというか。このアルバムはそういう部分も魅力的に感じました。
 「そうですね。今回は色んな録音方法のものが混じってます。カセットのテレコだったりMTRだったり。パソコンで録音したものも入ってるかな?かなり色んな方法で録ってますね。でも一番音質的に好きなのはね、ガットギターで弾いたのをカチャってテレコで録ったやつ。聴き直したときに一番ドキッとしましたね」

――今回のような音楽性を選択したのはどんな理由からなんでしょう。
 「自然に出てくるものがこれだったんですよね。AUDIO ACTIVEのときも“シリアス”だとか“メロウ”だとか言われちゃってたんですけど、そのメロウさだとか……自分ではそうは全然思ってないですけど……それは湧き出るものであって。自然なんですよね」

――例えば、昨年共演されたStephen O’Malleyさん(SUNN O))))なんかはそうですけど、今ギターをソロでプレイするといったときに、エクストリームな特徴が際立つ方が多いと思うんです。そんな中で、アルペジオとか、ブルーズ進行のギター・ソロとか、ざっくり言えばベタじゃないですか。そういう音楽性でやってみよう、という“勇気”じゃないですけど、そういうのも感じたんです。
 「そうですね……。俺ね、けっこうギター弾けるんですよ(笑)。そりゃね、20何年も、人生の半分以上ギターを弾いてるわけですから。15歳から弾いてるから……えっ?27年も弾いてるんだ……。だから、“俺こんなに弾けるようになったんだな”とか、たまに思うんですよね(笑)。“テクニックに裏打ちされた”みたいなのとは違うんですけど、”ギターがちゃんと弾けなきゃこれは弾けない”っていうことがやっぱりあって。“ギター始めて半年です”っていう奴には絶対弾けないものが」

Cutsigh 河西裕之, 2011 | Photo ©︎小西 力

――そうですね、“弾ける人”にしか出せない演奏だと思います。さっきおっしゃっていたメロウな感じとか、ブルーズロックのフレイヴァというのは、今思い返してみて、どういう経緯で染み込んだものだと思いますか?
 「最初はTHE BEATLESから入って、気が付いたらハードロック少年になっていて。ハードロック、メタルだけではないけど、高校生の頃はそういうものにすごくハマっていたんですね。高2のときかな、Jeff Beckがね、軽井沢の野外でライヴ(Rock In Karuizawa 1986)をやったんですよ。Jeff Beckと、Carlos Santanaと、Steve Lukatherかな。学校休んで前の日から徹夜で行って、朝並んでさ(笑)。Jeff Beckを観て。そのときたぶんね、”俺、ギタリストになろう”って思ったんですよね。ギターの表現力っていうのは、こりゃ底知れないなあって。衝撃でしたね」

――Jeff Beckですか……。意外な気もしますけど、そういうお歳なんですよね……。
 「そういうお歳ですよ(笑)。Jeff Beck大好き。おもしろいのが、そのとき観たJeff Beckのバンドでベースを弾いてたのが、Doug Wimbish(FATS COMET, LIVING COLOUR, MARK STEWART AND THE MAFFIA, SUGARHILL GANG BAND, TACKHEAD)だったんですよ」

――え~っ!! 本当ですか??
 「うん。すごいでしょ!? 俺、Dougを観てたの。一番前で。でも俺、その時はJeff Beckしか見えてなくて(笑)。黒人のファンキーなベーシストがいるな、くらいに覚えてたんだよね。当時TBSでライヴの模様を放送した番組があって、それをビデオに録画してたやつが後々になって出てきて。それを観返したら、ベースがDougなんだよ(笑)。Dougに会ったとき、Jeff Beckとやってたっていう話は聞いてたから、いつ頃のことなんだろう?って思ってたんだけど、俺観てたんだよね、当時(笑)」

――それはもう、運命ですね(笑)!
 「うん。びっくりでしょ」

――1980年代以降のレゲエ / ダブのミュージシャンて、ブルーズロックの影響を受けている人が多かったりしますけど、河西さんはそういう流れでAUDIO ACTIVEに加入したわけではないんですね。
 「じゃないですね。俺が入る前、LIQUIDROOM(東京・新宿歌舞伎町 / 現・恵比寿)にAUDIO ACTIVEのライヴを観に行って。こんなにかっこいいバンドが日本にいるんだなあって思ったの。だけど足りないのは俺のギターだなって(笑)」

――それは……(笑)。
 「でも本当にそう思ったんだよ(笑)。俺のギターが入ったらこのバンド完璧だなって。そうこうするうちに“ライヴでギター弾かない?”って言われて。AUDIO ACTIVEで最初のライヴは日比谷の野音だね。たしかDJ KRUSHさんとか、TOKYO No.1 SOUL SETも出てて」

――その頃にはもうレゲエは聴かれてたんですか?
 「レゲエはね、聴いてはいましたね。予備校時代にBob Marleyが大好きな奴からカセットを大量にもらって、そればっかり聴いてましたね。だからレゲエをわかってはいたんですけど、ダブの世界はAUDIO ACTIVEに入ってからですね」

――AUDIO ACTIVEは出音がすごくパワフルなバンドじゃないですか。そういうバンドやミュージシャンて、同じパワーを保ちながらも、音はサイレントな部分が増えてゆく傾向がある気がするんです。例えば近年のCORRUPTEDなんてそうだと思うんですけど、楽曲の大半を無音に近い音が占めていて。
 「そうなんだ、すげー……。そこに至る道っていうのはすごくよくわかるな。なにがヤバいって、“無音”がヤバいんですよ。音がないのが一番ヤバい。よく思うのは、“音”っていうものを無駄にしてるというか、音に対して責任を持たな過ぎな人が多いってこと。セッションをやっていると “頼むから弾くなよ”って思ったりすることがあるんですよ(笑)。“落ち着け”って。弾いていないときが一番ヤバいんだよ。そこから切り込んで音を出す、無音を切り裂く刹那っていうのが、やっぱり一番ドキッとくる瞬間で。そこをドキッとくるようにするには、やっぱり無音、音がないってことをちゃんとわかってないと。常に音が鳴ってたら、音もなにもないんですよね。ダブで言えば、足し算で音を重ねてごちゃごちゃしてるのってよくあると思うんですけど、本当はKing Tubby、Adrian(Sherwood)もそうだけど、やっぱり引き算なんですよね。音をいかになくすか。だから空間なのかな、音の間をちゃんと大切にしてる」

――このアルバムも、そういう無音とか空気みたいなものが大事に扱われていますよね。テープという音質がまた、無音により存在感を与えていて。テープというフォーマットを選択したのにはそういうところもあるんでしょうか。
 「それはあるかもしれないですね。CDとはまたわけが違いますよね」

――未完成の雰囲気、無音の存在感や、テープの劣化する特性、先ほど教えていただいた“Pipedreams”の意味も含め、どことなく“死”を連想させます。ネガティヴな意味じゃなく。
 「それは正にその通りですね。日本の社会ってたぶん、“死”に目をつぶっちゃうのがかなり一般的なんですよ。でもそこに目をつぶってたら、逆の“生”っていうほうも見えてこないんですよね。だから俺は気が付くとそういう“死”に関するものに惹かれてて。“好き”って言うとヘンだけど。そこをじっくり見ないとやっぱり“生きてる”ってこともわからない」

――音の有無の対比と一緒ですね。
 「そうそう。そうだね、一緒だね。これがけっこう、ソロを作りたくなった理由かもしれないな。AUDIO ACTIVEのパブリック・イメージがあるのか、“河西くんはシリアスだから” とか言われてるのに頭きちゃって(笑)」

――石井利佳さんデザインのパッケージは、本のイメージで制作されたそうですけど、やっぱりフュネラルなモノトーンです。
 「うん。そうですね、やっぱりそういうものに惹かれるんですよね。文学も、映画もそうだし、すべてにおいて」

――“死にたい”とかじゃなくて(笑)、むしろ生きたいからこそなんですね。
 「そうそう。好きなやつは、やっぱり同じものを感じるんですよ。たくさんいるけど、SUNN O)))とかもそうなのかな、“轟音の向こう側に見える希望”みたいなね。“暗黒の中から見えた光”っていう。やっぱり、燦々と照り輝く明るい中で光がチラッと見えても、そんなに認識されないというか。暗黒の中だからこそ、光は輝いて見えるんですよね」