テクノうどん

テクノうどん / ©techno-udon

ここでしかできないこと

 テクノ + うどん。スクエアとラウンド、ソリッドとソフトを二等分する字面と、人懐こい語感。テクノを聴きながらうどんを踏むという、タイトルまんまの内容。それが沖縄を拠点に活動するバンド“おそるべき”の考案で2012年に東京・浅草橋の異色スペース「浅草橋天才算数塾」にて初開催されたイベント“テクノうどん”。シンプルな楽しさが話題を呼んで徐々に規模を拡大し、2013年には東京・青山 CAY(Spiral B1F)と大阪・ニューオーサカホテル心斎橋の東阪2都市で開催。今年も小田島 等、成 浩一(東京・渋谷 bar bonobo)、K∞ * N∈∈、手塚新理(東京・浅草 飴細工アメシン)、中西俊夫、野本かりあ、長谷川踏太(W + K Tokyo / tomato)、藤崎ルキノ、真鍋大度 + 黒瀧節也(Rhizomatiks)、山崎真央ら多彩な面々をゲストDJに迎え、7月6日に再びCAYにて2部制で開催され、1,000人超を動員して盛況となりました。反復するエレクトロニックなビートに合わせて自ら踏んだうどんを食べるという行為が、なぜ人々の心を捉えたのか。その秘密や、開催までに味わった苦心の道程、これからの展望について、首謀者のひとりであるR&Bシンガー・セクシーキラー氏(元DJぷりぷり / 浅草橋天才算数塾)にお話を伺いました。

取材・文・撮影 | 久保田千史 | 2014年7月

テクノうどん / photo ©<a href="https://clinamina.in/" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">clinamina</span></a>

――“テクノうどん”はそもそも、どんなイメージでスタートしたんですか?初期は浅草橋天才算数塾での開催でしたよね。
 「最初は、呑み屋みたいな感じだな。当時、天才算数塾で居酒屋のイベントをやっていたこともあってな。沖縄の友達と遊んでいた時に “テクノを聴きながらうどん踏むイベントやったらおもしろくない?”っていう話になったから、“じゃあ、やろっか”みたいな軽い感じで始まって(笑)。初回はうどんとドリンクオーダー1,000円ていう価格設定でやってみたら、何も告知していなかったのに30人くらいお客さんがいらっしゃって。算数塾の常連の方々も “楽しい”って言ってくださったんですよ。それで1年経ってまたやってみようと思って。 “たのしい”っていう意見が一致するイベントって珍しいから(笑)」

――そういうものですか。
 「お客さんそれぞれ色々好みがあるんで(笑)」

――まあ、そうですね。風営法を皮肉っていることでも注目されていますけど、当初からそういったコンセプトもあったんですか?
 「イベント終了後のメディアの取り上げ方がそういう形になっているけど、実際には告知文章にもあるように“テクノの音楽を聴きながら、うどんを踏んだらどうなるか?”っていうギャグで始めたんだな。その中でちょうど風営法の話題にもなったので、話の中で“うどん踏んでいるだけです”って警察に言って、“うどん法”が成立したらおもしろくない?って感じで。“うどん法”できたらヤバくね?うどん県から苦情殺到。今度は風営法じゃなくて“うどん法どうなる?”ってニュースが流れそう。勝手に世の中勘違いだらけだね」

――2回目も天才算数塾での開催でしたが、ずいぶんお客さんが増えていましたよね。
 「第2回目からはちゃんと宣伝してみたら、SNSで盛り上がって、チラシを作らなくても当日230人くらい入ったんですよ。算数塾では収まりきらなくなっちゃって、急遽別の場所も借りて、休憩場も作った。あの伝説の悲なみちゃんをDJで呼べたっていうのは、改めてタイミング良かったと思うYo!」

――それで3回目は算数塾から飛び出して、もう少し大きな会場でやってみたわけですね。
 「そうだね。3回目は東京と大阪でやってね。大阪では朝7:00から15:00まで。初めてにも関わらず100人以上集まってくださったから、初開催にしては、成功だった。でも、大阪でやるのはなかなかハード。イベント前に関西周辺を随時営業して回って交渉。人力ぴあならぬ自家製チケットを作って、色んなお店に協力していただけたことは、とてもでかかった。すごい面倒な作業なんだけど、人とあって、話してその場の付き合いではなく、また次の時の付き合いとしてできることが収穫でした。会場はYoshitake EXPEさんもイベントで使用していたホテルの方のご厚意で、心斎橋のど真ん中にある場所を良い条件で貸していただけたんだけど、結局スタッフ7人分の新幹線代や材料代なんかの諸経費ですごくお金がかかった。時間も限られていたから東京と大阪で3日間眠れなくてな。疲れたんだけど、思い出としては心に残ってます。そんなわけで体力的に、若いけどちょっと無理だな、と思ったんですよ……。だから4回目は東京だけで、“朝の部”と“夜の部”に分けてやったらまあ、ちょうど良い感じなのかな、っていう(笑)」