ENDON

ENDON

正解はあるというゲーム

  那倉太一(vo)、宮部幸宜(g)、横田 慎(dr)、愛甲太郎(electronics)、那倉悦生(electronics, samples)の5名で構成され、2名のノイズ要員とギタリストを擁する非常階段を想起させる編成ながら、従来のノイズ・ミュージックを独自の感性と理論でリロードした異形のエクストリーム・ミュージックを生成し、暴力的なライヴ・パフォーマンスと相まって東京アンダーグラウンドを震撼させてきたENDON。愛甲氏 aka AXONOXがペダル・ブランド「M.A.S.F.」を主宰することでも注目を浴びる俊英が、2011年の『Acme. Apathy. Amok』([…]dotsmark)から約3年の時を経ていよいよ1stフル・アルバム『MAMA』をリリース。プロデューサーにBorisのAtsuo、エンジニアに中村宗一郎(Peace Music)という意外に思えるスタッフを迎えて制作され、河村康輔(ERECT Magazine)によるカヴァー・アートが不穏なムードを助長する同作について、那倉氏と宮部氏にお話を伺いました。

取材・文 | 久保田千史 | 2014年9月
main photo | ©MINORxU @BCTION

――ENDONはいつ頃、どのようにして結成されたのでしょう。
那倉 「結成は2006年ですね。最初は愛甲の弟が在籍していて、ノイズ3人、ドラム、ヴォーカルという体制でやってたんですけど、2007年に宮部が入って今の体制になりました。2011年にはPAINJERKとのスプリット・カセット([…]dotsmark)を出して」

――僕が初めて買った音源は『Acme. Apathy. Amok』だったのですが、あの作品が現在のENDONの礎になっていると思って良い?
那倉 「まあ、そうでしょうね。イメージ的にはそういうことです。僕ら的にはどこでも区切れるんですけど、一般に流通するきっかけになったのは『Acme. Apathy. Amok』だったので。それでも今とは決定的に違う気がしますけどね。『Acme. Apathy. Amok』は“楽曲”としての固まりがないんですよ。今よりもフリー・ミュージックというか、インプロヴィゼーションの度合いが高い。今はもう、あの頃と同じことは出来ないですね。前衛っぽい作風に戻るには、今から3、4年練習しないと無理」
宮部 「でも今回のアルバムには、『Acme. Apathy. Amok』収録曲のリメイクみたいなものも入ってるには入ってるんですけどね。構築し直しているので、聴き比べると前作からの流れがわかると思います」
那倉 「『Acme. Apathy. Amok』に入ってるようなものを、練習してからもう一度やり直したいんですよ」

――ノイズで“構築的”な“音楽”をやりたいということでしょうか。結成当初からそういった意図はあったのですか?
那倉 「はい。当時はLoad Recordsのレコードをよく聴いていて。SIGHTINGSとか。たしかTHE WHITE MICEなんかはノイズ3人なんですよね。そういうのを一生懸命聴いて、ノイズだけで“楽曲”を構成するという意図を持ってやってみてはいたんですけど、全然上手くいかなかったんですよ。それに途中からLoad Records的な“弛んじゃってもオッケー” みたいな感覚がナシに思えてきて。アガりっぱなしを志向する上でギターを入れて、所謂メタルやハードコアのリズムを導入して、という感じですね」

――ギターを入れたのは、より“音楽”に近づけるという意味で。
那倉 「そうですね。ノイズの機能性、エンターテインメントとしての機能性を上げることを目的として始めたバンドなんで。例えば非常階段もノイズ2人とギターがいる編成ですけど、かなりのフリー・ミュージックじゃないですか。僕らはフツーにメロディ、和音が出せる楽器を入れよう、という感覚です」
宮部 「そうだね」

――ドラムの横田さんは元々ハードコアのドラマーなんですよね。
那倉 「そうです。僕らよりひと世代上の、CRANKっていう極悪ニュースクール・バンドのサポートですね、京都の。オリジナル・メンバーではないらしいんですけど、今も京都に帰って叩いたりしてるんですよ。メインでは元UNITED・稲津(信一)さんのUBERに在籍していましたね」

――ENDONを始めるにあたっても、彼がそういうものを叩けるドラマーだと知った上で一緒にやることにしたのでしょうか。
那倉 「まあ、叩けることは知ってましたし、僕自身もニュースクール・ハードコアっぽいものをやったりしてたんですよ。AFTeRSHOCKの来日も観に行ったし。でもENDONの結成当初はハードコア的意匠を全然イメージしていなかったので」

――ではドラマーとしてはむしろ、初期は挑戦だったわけですね。
那倉 「挑戦だったと思いますよ。当初はリズム・パートが全くなかったので。ずっと乱打している感じで」

MAMA
ENDON ‘MAMA’, 2014

――TRANSPARENTZ(山本精一 + 日野繭子 + Hiko + isshee)でのHikoさん(GAUZE)みたいな。
那倉 「そうですね。日野さん(C.C.C.C.)とは『Acme. Apathy. Amok』のリリース時に非常階段を招いてやったイベントで初めてお会いしました。Junkoさん(非常階段)、日野さん、大西(蘭子)さんの女性3人(DFH-M3)に野間易通さん(花電車 / C.R.A.C.)のギターが加わった編成で出演していただいて」

――そういった面々は言ってしまえばビッグネームなわけですが、元々繋がりはあったのでしょうか。
那倉 「いえ。いきなりメール打つだけですね」
宮部 「自分たちの好きな人を自分たちの企画に呼ぶっていう」
那倉 「“こいつらわけわかんねーな”っていう印象を持たれてしまうこともけっこうあるんですけどね。例えば、僕らはSWARRRMを何度か呼んでいるんですけど、Kapoさんは最初そういう感じだったと思いますよ。最近ようやく“わけわかんねーもんじゃないかもな”という感触を少しだけいただいた気はします」

――“わけわかんねー”感は共演陣だけでなく、リスナー全般にあったかもしれないですよね。
那倉 「それはありますね(笑)。でもここ2年くらいで、言い方は悪いですけど、誰が聴いても分かり易いものにしたいっていう気持ちが大きくなってきているんですよ」

1 2 3 4