きっとみんな、“好き” はあるはず
取材・文・撮影 | 久保田千史 | 2015年4月
メイク・スタイリング | 八角 恭 (nude.)
――今回がCDデビューということですけど、歌を歌われるのは初めて?
「完全に初めてです。カラオケは大好きですけど(笑)。学生の頃にミュージカルをやったりはしましたけど、仕事としては初めてですね。人前で歌うようなことは」
――このプロジェクトは、そもそもどんな風にスタートしたのでしょう。
「ある日、“バイトしない?”みたいな感じで声を掛けられて(笑)。昔から知っているスタッフ……それこそ『月刊 市川紗椰』を作ってくれたような面々と“何かおもしろいことができたらいいね”っていう話はしていたんですよ。みんな音楽が好きだし、せっかくだから“売れる”とか“売れない”に関係なく“かっこいいものを作ろう”ということになって」
――しっかりとしたバンド編成で録音されているところからも、そういう部分が伺えます。“売れる売れない”の話だったら音源使って済ませてしまうかもしれないし。楽曲は1曲だけですけど、本格的で、濃厚な仕上がりですよね。
「あはは(笑)。そうなんですかね。本格的かどうかはわからないですけど、音楽好きから生まれたのは確かです。今って、みんなCDをなかなか買わないじゃないですか。それでも手に取りたくなる、欲しくなるものを作ろうとしたんですよ。“昔の音楽好きが、今の音楽好きに向けて何かやろう”っていう感じです。ノリとしては」
――紗椰さんご自身は世代的に、CDとデジタルの狭間という感じですよね。
「でも全然CDでしたよ。iPodが出てきたのは大学に入った頃だったので、一番音楽を聴き込んだ中高生の頃はCDばかりで。アナログのLPも、わたしの周りでは流行ってましたね。社会人になってからはデジタルで買ってみるようにもなりましたけど、いまだにわたしはCDを買います。癖があるので(笑)」
――では、浅川マキさんの楽曲を初めて聴いたのもCDで?
「いえ。高校生の時にレコードプレイヤーを手に入れたんですよ。その頃、近所のレコード屋さんでLPを買い漁っていたんですけど、その中でジャケ買いをしたのが初めてですね。その数年後に持っていたLPを全部デジタル化したので、CDは買わなかったです」
――浅川さんは元々、LPの音質に拘ってる方だったんですよね。
「そうですよね」
――では楽曲には馴染みがあったということで。
「がっつりと聴き込んだ時期があったわけではないんですけど。以前から好きで知ってはいて、かっこいい人だな、というのはやっぱりずっと思っていました。だから、今回小西さんが浅川さんの楽曲を提案してくださった時にすごくピンときて。何を歌うか色んな意見があったんですけど、小西さんの一言でみんな納得したんですよ」
――どんなところにピンときたんでしょう。
「個人的には、モノクロ感ですね。みんな色のイメージで考えていたんですけど、白黒の世界がしっくりきた感じがあったんですよ。鉄道要素のある“夜が明けたら”を選んでくださったのも嬉しかったですね(笑)。すごく細かいところを気にかけてくださったんだな、と思って」
――紗椰さん的には “鉄道と音楽”というテーマだと、どんな楽曲が浮かぶのでしょうか。
「鉄道唱歌とか……。SUPER BELL’Zっていう、鉄道の音楽を作ってるグループを挙げる人は多いかも。鉄道好きな人だったら(笑)」
――なるほど(笑)。“夜が明けたら”は、端的に言えばブルージーな楽曲ですよね。でも紗椰さんが歌うと、これは言い方がビミョーだったら申し訳ないのですが、ファニーな要素が付加されているように思えたんです。ご自身では歌ってみていかがでしたか?
「う~ん、やっぱり浅川さんの歌い方って “味”がすごくある歌い方で。厳密に音を守っているわけではないじゃないですか。音階にない音、ピアノのキーにないような音まで歌うから。それはやっぱり上手い人だからこそ出せる味だし、本人が書いた曲だからこそ遊べる要素で。プロでもないわたしにそういうことができるのかな?とか、どうやったらかっこよくできるのかな?ということが全然わからなくて。その迷いなのかもしれないです」
――いえ、ファニーな印象を受けたのはむしろ、すごくかっこよく仕上がっていたからなんです。かっこよさと、紗椰さんのご趣味……例えばガンプラとか……との差異に、ちょっと微笑んでしまうというか。そこは狙っているのかな?と思っていたのですが。
「いえいえ、わたしの素性を知ってくださっている人が聴くことを前提にしたわけではないんですよ(笑)。そういう風に聴いてくださる人がいても嬉しいですけど、もっと曲として良いものにしたくて。わたしは歌唱力が高いわけじゃないけど、音程だけは守れる自信があったから(笑)、そこを推すしかないのかな、という感じでした。浅川さんの曲に関しては、それが一番必要ない部分でもあるわけですけど……。あとは周りを信頼して、やってみるしかない!みたいな(笑)」
――そんな感じ全然しなかったですよ。芯のある歌唱で。
「いやいや……。カラオケで鍛えられたものしかないですから(笑)」
――小西さんのプロダクションも、生の声を活かすプロダクションになっていますよね。
「う~ん……。そうなのかな……。じゃあ、もっと自信を持ってカラオケ歌います(笑)!スナックで」
――そんな(笑)。では、リリックの部分ではいかがでしょう。歌詞の世界と、ご自身に共通する部分はあったりするのでしょうか。
「そうですね。鉄道には色んな乗り方がありますけど、ふらっと乗るのもやっぱり好きで。その先どういうものがあるのかな?何か楽しいものがきっと待ってる!みたいな感覚はよくわかります。それが人なのか、物なのかは、もしくは別の車両(笑)なのかは様々ですけど。そこはすごく自分に近いです」
――曲の前後にSEで走行音を入れられていますが、あれはご自身がイメージする「夜が明けたら」に合わせて選ばれたのですか?
「そうですね。音自体は元々録ってあったものなんですけど、その中からわたし的に“ぽい”と思っていたものを持っていって、小西さんと2人で吟味しました。“曲のイメージ的にもっとゆっくりだな”とか、“もうちょっと寂しい感じが欲しい”とか、“汽笛もうちょっと長いやつない?”みたいな感じで(笑)。そうすると全部、北陸か、東北、北海道のものばかりになっちゃうんですよね。南の音ではないな……と思って。暖かい場所を走っている明るい列車ではないですよ。だから冬に録音したものを使いました」
――寒暖といった事象での走行音の違いは、聞いてわかるものなんですか?
「雰囲気と言っちゃったら雰囲気なんですけど(笑)。でも実際、冬になると金属って収縮するじゃないですか。だから線路の隙間がちょっと広くなるんですよ。そのぶん夏より所謂ガタンゴトンが強かったりするし、ジョイント音とか金属音もちょっと硬い気が……するんですよ(笑)!でも絶対差はあります。季節によって。乗っている人の靴とか服の音も、冬のほうがモサッとしてると思うし。風の音も違う」
――そうですね。季節でエアの吸音率も変わりそうですもんね。
「はい。違うと思います。寂しげなものを選んでいるので、そこを感じていただけたら嬉しいです」
――ボーナス・トラックにも電車の走行音が収録されていて……ていうか、CD収録曲のほとんどが電車の走行音ですよね(笑)。
「あはは(笑)。気付いちゃいましたか」
――でも、すべてにちゃんとタイトルがつけられていて、楽曲として機能していますよね。
「機能してますか(笑)!本当に?よかった」
――そうなることを願ってタイトルをつけられたのですか?
「そうです」
――それぞれ何か思い入れのあるタイトルなんでしょうか。
「録った時の雰囲気や感情もあれば、音として聴いた時の印象もあります。路線とか列車に合わせたタイトルもありますし、感じてほしいイメージからつけたものもあります。色々ですね(笑)。ただ、そのまま聴くのと、タイトル見てから聴くのとでは、別のものに感じてもらえたらいいな、という願いを込めて。走行音は全部一緒だと思っている方にも」
――路線や駅、車両の名前で解説するのではなく。
「それはまあ、大人の事情でできないからというのもあるんですけど(笑)」
――なるほど(笑)。
「それに、そういうCDってたくさんあるんですよ。それだと鉄道好き、音鉄にしか響かない世界にしかならないじゃないですか。“実は意外と慕情もあるんだよ”っていうことに、これなら目覚める人もいるかな?と思って(笑)。例えば路線だけだったら、ボーナス・トラックひとつ聴いて早送りして、全部これなのか……って聴かなくなっちゃいそう。萌えの世界では最近、最近擬人化とか色々あるじゃないですか。それとの中間に位置する何かがあればいいかな、っていう感じです。もしかしたら、日頃電車に乗る時も別な気分で乗れるようになるかもしれないし。でもまあ、遊びの部分が大きいですけどね」
――録音はどういった機材でされたのですか?
「ポータブルのデジタル・レコーダーですね。iPhoneで録ったものもあるし、元々動画で録っていたものから今回のために音を抜いたのもいくつかあります。なので音のクオリティは最悪です(笑)」
――臨場感はすごく伝わりますよ。
「でも、ちゃんとした人たちはガンマイクで録ったり、すごく凝るんですよ。そういう人たちにしてみたらすごく中途半端なもので。それもあるからこそ、わたしなりのタイトルをつけたというのもあります。線路や車両で聴くなら、もっとしっかりした機材でちゃんと録っている人たちのものを聴いて欲しくて。音鉄って言われてる人たちはメカ1個1個の音を聞いて分析することが多いんですけど、わたしのは……雰囲気系(笑)?」
――宅録で音楽を作る感覚にも近いのかな、と思ったんですけど。
「クオリティが、っていうことですか(笑)?」
――いえいえ、やっぱり音楽として走行音に接しているのかな、という。
「それはそうですね。歌詞をタイトルや音から連想できたらいいですね」
――音響的アプローチ。
「環境音楽(笑)。うん。でも本当、音楽として聴いてますね。家でもよく流してるから。もう、鉄道が音楽です。オーケストラみたいな感じですかね。モーターがあって、ジョイント音が入って、人の声が入って……」
――おお……。でも所謂音楽としては、色んな音楽がお好きなんですよね。年代、ジャンル問わず。
「そうですね。ロック、歌謡曲を中心に、アニソンも聴いたり。全く無知なジャンルもありますけど」
――最近はどんな音楽がお気に入り?
「4月からアニメの新しいクールが始まっているので、新しいOPとEDを全部聴いて、その中からお気に入りを見つけてるような状態です。時期的に(笑)」
――そもそも、色々な聴くようになった原点は何だったのでしょう。
「う~ん……。わたしが生まれたUSは、色んなところで色んな音楽が流れているんですよ。最新の曲も、古い曲も。今はどうかわからないですけど。そういうのを子供の頃からスーパーとか街の中で聴いていたから、曲の年代というものを意識したことがなかったんです。小学生の頃はすっごく早起きで、いまだに早起きではあるんですけど、3時、4時から起きてオールディーズのラジオを聴いたり。音楽との深い歴史があるデトロイトに住んでいたこともあって、そこから60、70年代のMotown、デトロイト・パンクとかを聴くようになって。住んでた頃はちょうどヒップホップの時代だったし。色々ある中でも80sがすごく好きなって、そこからヘアメタルに落ち着いて」
――ヘアメタル通ったんですね(笑)。
「そうです(笑)。80s好きからガンズとかPOISONを聴くようになって。それが原点ですかね。父親はモロにTHE BEATLES世代なので、家ではそういう音楽が流れていて。しかも、両親の名前もジョンとヨーコなんですよ(笑)。兄のミドルネームもショーンだし。わたしだけビートルズじゃないんですよ。“ジュリア”とかにしてくれればよかったのに(笑)。あとは4歳からヴァイオリンをずっとやっていたので、クラシックも並行して聴いていました」
――がっつり音楽してますね。
「みんな音楽好きですね。家族全員、何かしら楽器をやってるので。音楽を意識すること自体がなかったです」
――今まで音楽活動をしていなかったのが不思議なくらい。
「そんなことはないですよ(笑)。好きだからこそ、下手な人には関わって欲しくないっていう気持ちがあるから。わたしなんて、そんな……」
――ヴァイオリンでステージに立ったりは?
「それはたくさんありました。コンクールに出たり。大人になってからも、仲の良い友達と一緒に弾いたりもしますよ。人前で弾くのは友達の結婚式くらいですけど(笑)」
――音楽だけでなく、ご趣味も……また言い方悪かったら申し訳ないですけど、手広いですよね(笑)。
「まあ、手広いですね(笑)」
――好きなこと全部やってみよう!という印象を受けます。
「そうですね(笑)。でも、そうじゃない人のほうが珍しいと思います。みんなも、好きなものがあれば同じようにするんじゃないですか?でも、“好き”に気付くのは早いのかもしれないです。ハードルが低いというか」
――にしても、ハンバーグ食べ過ぎじゃないですか?
「食べ過ぎですよね(笑)。よく言われます」
――あんなに食べて大丈夫なんですか?スムージーのお陰ですか?
「そうです。プラマイゼロです(笑)。でも食べ過ぎかな……」
――何故そんなにハンバーグがお好きなんでしょう。
「えっ?嫌いですか?」
――いえ、大好きです……。
「ほらね、そんなもんですよ。あはは(笑)。でもここ1週間くらい食べてないですね……」
――1週間くらい食べないのはフツーだと思いますよ。
「そうですか?わたしの中ではけっこう食べてないんですけど……」
――周りに、毎週ハンバーグを食べる女の子っていらっしゃいます?
「いない……ですけど……。でも!ハンバーグじゃなかったら、毎週食べる好物がある人はいるんじゃないですか?それがパスタなのか、何なのかはわからないですけど。わたしは“好き”だけでは終わらせたくなくて、食べ歩いてデータ化して、研究するのも楽しんでいるんです。ちょっと深くするというか。それだけの差だと思いますよ。きっとみんな、“好き” はあるはずです」
――データ化というのは、なかなかハードル高くないですか?
「わたしも別にExcelとかで管理してるわけじゃないですよ(笑)。頭の中で蓄積している感じです。語るにはやっぱり、深く知りたいじゃないですか。なんとなく」
――語りたいんですか(笑)?
「まあ、語る相手はいないんですけど……(笑)。でも“好き”と言からには、もっと食べたい!」
――音楽にもそういう気持ちで接しているのでしょうか。
「というよりも、原点が音楽だったのかもしれないです。わたしは小中学生の頃、人見知り過ぎて全く喋らなかったんですよ。人と喋るのが本当に苦手で。でも、音楽が関係している時だけ喋ることができて。中学生になってみんなが色々な音楽を聴き出す頃に、音楽の話だったら余計なことを気にしないでたくさん話せるな、って気付いて。それを機に、もっと調べるということを始めたんだと思います。“もっと知ってたら、もっと喋れる” みたいな感じで(笑)。人と、友達との、繋がりとして。“こんなのも見つけたよ!”っていう話題があれば、また話しかけられるじゃないですか。でも調べているうちに、元々はなんとなく好きなだけだった音楽が、もっとおもしろくなってきて。わたしの調べ方が、気に入ったバンドが影響されたバンド、そのまた影響されたバンドっていう、掘り下げヴァージョンだったのも良かったのかも。みんなは横の繋がりとかで調べてたから、カブらなかったんですよね(笑)。だから情報交換もし易くて。わたしは“古いの担当”」
――コミュニケーションのツールとして。よくわかります。
「当時はただわくわくして、調べよう!と思っていただけで、そんな風に意識していなかったんですけど。振り返ってみれば本当にそうですね。調べて、喋って、より好奇心が掻き立てられた感じですね」
――今回は、音楽を聴く側から出す側になったわけですが、この作品がそういうツールになったらいいな、という気持ちもあるのでしょうか。
「そうですね。それこそ最初にお話したような、あまりCDを買わないような人たちや、CDの魅力を忘れていた人たちが手に取るきっかけになればいいかな。CDって、パッケージ自体のおもしろさもあると思うんですよ。曲順はもちろん、装丁だったり、その中の写真だったり。そういうもの全部がCDだから。そこに拘って作ってはいるので、音楽好き同士の会話の中に出てきたら嬉しいです。もしかしたら浅川さんのカヴァーだというところから会話が広がるかもしれないし。これでCD業界を良くしようとか、“救えー!”みたいな、野望があるわけでは全然ないんですけど(笑)。単純にCDって、買うとテンション上がるじゃないですか。そういうものになれたらな、と思っています」