Interview | 寺尾紗穂 + 松井一平


たまたま出会えた、呼吸みたいなやりとり

 大胆かつしなやかな変化を見せた2012年の傑作『青い夜のさよなら』に続く最新作『楕円の夢』を3月にリリースし、地道な取材を経て記した「原発労働者」(講談社現代新書刊)、「南洋と私」(リトルモア刊)などの敢行で文筆家 / ジャーナリストとしての手腕も注目を浴びる寺尾紗穂。OUT OF TOUCHやMANIAC HIGH SENCE、BREAKfASTの一員として知られ、TEASIやゑでぃまぁこん + アキツユコとの“わすれろ草”、テライショウタ(NICE VIEW, Gofish)、村上ゴンゾらと組んだLOCH NESSなどでも活躍するミュージシャンとしてのみならず、画家としても名高い松井一平。寺尾の演奏と松井のドローイングでのコラボレート・ライヴ“おきば”シリーズの開催や、寺尾のエッセイと松井の挿絵で同名画文集の刊行を続け、故・かしぶち哲郎(ムーンライダーズ)トリビュート・アルバム『ハバロフスクを訪ねて』、カセットテープ・コンピレーション『カセット・レボリューション vol.1』では音楽家としても共演する両者が、いよいよ“寺尾紗穂と松井一平”名義での単独作「いしとゆき / 幻のありか」(7inch vinyl + CD)をリリース。生々しさと白昼夢の如き感触が同居するライヴ“おきば”の空気が、回転メディアを通じてありありと蘇る仕上がりです。言葉を交わすように創作物を交換し、そこにしか現出しない“なにか”を届けてくれるお2人に、お互いの印象や創作の過程を語っていただきました。

取材・文 | 久保田千史 | 2015年7月
main photo | ©Ichiko Uemoto 植本一子 | 天然スタジオ


――まずお2人の出会いからお聞かせください。

寺尾 「2012年の9月かな。『青い夜のさよなら』のデザインをやってもらったTAKAIYAMA inc.の山野(英之)さんがヒカリエで展示をやっていて。来ない?って誘われていたんですけど、その日は新世界(東京・西麻布)で柴田聡子さんとのライヴが入っていて。でもリハが終わって時間が空いたから、DJぷりぷり(浅草橋天才算数塾)さんに自転車を借りて麻布から渋谷まで行ったんです。ぷりぷりさんが優しかったんですよ。本当はバスか何かで行こうと思ってたんですけど、“はい” って鍵を渡してくれて。着いたら山野さんと一平さんが話してて」
松井 「ちょうど僕も同じ場所で展示をやっていたんですよ。その時に初めて会って」

――事前に山野さんの紹介があったわけでもなく、たまたま出会ったのですか?
松井 「そうそう、偶然。ずっと在廊してるわけじゃなかったし、その時はたまたまいただけだから。でも一言目はすごく印象深かった(笑)」
寺尾 「えっ、何て言った?」
松井 「こんにちは、って言った直後に、“おなかが空いたんで、何か食べに行きませんか?”って(笑)」
寺尾 「そうか(笑)。でも結局2人とも時間が空けられなくて、独りで食べに行ったんですよ」
松井 「しかも自転車で着いたばかりでハアハアしていて。おもしろいな、って思いました(笑)。慌しいというか。でもそういうのは、今のやりとりの速さにも通じる気がするから、今思えば自然な導入だったのかもしれないです。畏まってなくて良かったですね」

「おきば」
寺尾紗穂 + 松井一平 ‘おきば’, 2013

――初対面の一平さんの印象はいかがでしたか?
寺尾 「ヨン様に似てるな、って思った。ヨン様が痩せた感じ」
松井 「……似てないでしょ(笑)」
寺尾 「でも絵はすごく良いな、って思って。帰ってからその日のうちにFacebookでメールしたんですよ。いつかアルバムのジャケット描いてください、って」
松井 「こういう風に、進むのが速くて(笑)。インスピレーションで動いてる感じというか。スピード感があるんですよね。僕は脳みそが速く動いても、アウトプットは遅い」

――でも一平さん、メール打つのめちゃくちゃ速くないですか?
松井 「メールは速いよ(笑)」
寺尾 「アウトプットは私も遅いよ。特に発話が遅い。書くのと違って、発話だと考えが全然纏まらないんですよ」
松井 「ちょっとしたテンポの遅さで急に笑ったりするから、たしかに噛み砕くまで遅いのかも。でも決めたらめっちゃ速いと思う、行動が」
寺尾 「行動は速いよ(笑)」
松井 「前に寺尾さんのライヴを観に行ったら、最初会場にいなかったんですよ。ばたばた、って入口が開いて、入ってきたと思ったらそのままピアノのところまで行って間髪入れずに演奏を始めて。そういうところあると思う」
寺尾 「人に言われてから、そのスピードが速いんだって初めて気付きました。テニスコーツの植野(隆司)さんにも、ライヴにゲストで出てもらった時 “運動部の高校生みたい”って言われて(笑)。“運動部”って言われたの初めてだったから、私ってそんなにばたばたしてるんだ、って思った。びっくりしました(笑)」
松井 「遅かったり速かったりが独自のものだから、一瞬ヘンテコだと思う人もいると思うけど、僕はなんか慣れた」

「いしとゆき / 幻のありか」
寺尾紗穂 + 松井一平 ‘いしとゆき / 幻のありか’, 2015

――その日のうちに連絡を取ったくらいですから、一平さんの絵にはそうさせるインパクトがあったわけですよね。どんなことを感じたのでしょう。
寺尾 「夢みたいというか。非現実感にすごく惹き込まれる感じがあって。あまりそういう絵に出会ったことがなかったんですよ。色の感じとかも好きだったし」

――寺尾さんは、その時が一平さんのやっていることに触れる初めての機会だったのですか?
寺尾 「そうですね。あっ、でもTEASIっていう名前だけは知ってたんですよ。洋楽ばかり聴く山野さんが、“邦楽だと寺尾紗穂とTEASIは良い”って言ってて」

――その組み合わせがまず変わってますよね(笑)。
松井 「ピンポイントだよね(笑)。山野さんは独自の美意識があるから」
寺尾 「そう。だからTEASIっていうバンドがいるんだ……とは思ってたんですけど、ちゃんと聴いていなくて。山野さんはキーパソンだよね」

――一平さんはそれまで寺尾さんにどんな印象を持っていたんですか?
松井 「あまり良い言い方じゃないかもしれないけど、もっとフィルターがかかっているとというか。何かに囲まれているような人なのかな、って思ってた」
寺尾 「どういう意味?」
松井 「メジャーっぽいっていうか。会社があったり、色んなミュージシャンが参加してたり。良いか悪いかわからないし、勝手な印象なんだけど。そんなに近い感じではないと思ってた。でも実際はめちゃめちゃ生々しい人で。誰との間にも全然壁がない感じ。人によってはすごく遠くに感じる人もいるでしょ?寺尾さんは対等というか、本当に不思議な近さがあるんですよ。誰とでも、すぐ仲良くなれる感じ。それが寺尾さんの魅力のすごいところだと思う。今の活動にも合ってると思うんですよね」

――お2人で活動するようになったのは何かきっかけがあったのでしょうか。
松井 「次に会ったのっていつだったっけ?」
寺尾 「麻布のRainy Day Bookstore & Cafeで私がふちがみとふなとさんとライヴをやった時だと思う。山野さんと一平さんが観に来てくれて」
松井 「そうだね。そこからちょくちょく会うようになって。あの日終わってから呑みに行って、全員終電逃したんだよ。途中まで一緒にタクシーで帰ったんだけど、タクシーの中で話した会話が、今思えばわりと創作に関することだった気がする。どんな内容か忘れちゃったけど」
寺尾 「私も覚えてない」
松井 「でも良い話をしたような覚えがあるんだよね」
寺尾 「私は呑んだ時に、家庭的なバックグラウンドっていうのかな、そこで通じ合いそうなところを感じたんです」

――家庭的なバックグラウンド?
寺尾 「まあ、普通の家庭環境ではないというか。それを引き摺っている部分があるな、っていう」
松井 「生い立ちとか今に至る経緯が、ちょっと変わってる感じ。それが創作と絡むのかどうかはわからないんだけど」
寺尾 「そうだね。価値観が被るところが多いと思って」
松井 「そういう部分の話をすることが多いよね。例えば、音楽的に“あなたのピアノのタッチが……”みたいなところで惹かれ合ったというよりは、バックグラウンド的な部分の話をしたほうがおもしろい感じだったんで」

――寺尾さんは社会的に弱者とされている人々と関わる活動も多いですよね。一平さんはハードコア・パンクのバンドでも活躍されていたわけですが、ハードコア・パンクも同様に弱者視点の音楽だと思うんです。そういう部分で通じているのかな?と思っていたのですが。
寺尾 「うるさい感じの音楽をやっているのは知っているんですけど(笑)、どういう内容を歌ってるのかまでは知らなかったです」
松井 「音楽の話自体、ほとんどしてないですね」

寺尾紗穂 + 松井一平 / photo ©<a href="http://tadamasaiguchi.com/" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">Ichiko Uemoto 植本一子</span></a> | <a href="http://tennenstudio.tumblr.com/" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">天然スタジオ</span></a>
photo ©Ichiko Uemoto 植本一子 | 天然スタジオ

――もっとパーソナルなところで。
松井 「そうですね。たぶん、今まで音楽の話ってしたことないと思う。一緒に曲を作ってても、音楽の話しないもんね。そこがおもしろいところなんですよ」
寺尾 「私、音楽のこと知らないし」
松井 「っていつも言うの(笑)」
寺尾 「本当に、何も知らないんですよ。あの、マスタリングとか全然わからないし。何が変化してるのか全然わからないのに、ああ、良いですね、って相槌打つのが面倒臭い(笑)」
松井 「すごく良い耳持ってるのに、こういうこと言うんだよ(笑)」

――寺尾さん的に音楽を“善し”とするポイントはどのあたりに置いているのでしょうか。
寺尾 「曲の良さ」
松井 「そうなんだ。僕はその時々で移ろう感じ。いつも絶対同じ基準ということはないと思う」

――寺尾さんと作曲はやり易い?
松井 「うん、自分の物指で完成形を決めてないから。例えば自分が送った歌詞が、違う言い回しになって返ってきても納得出来る。別の脳みそな感じが好き。バンドが好きだから(笑)」

――わすれろ草でお話を伺った時にもそうおっしゃってましたもんね。その一平さんのバンド感と、寺尾さんがライヴのMCでよくお話されている花田清輝の“楕円”が、すごく近いように感じるんです。具体的に曲作りはどのように進行するのでしょうか。
寺尾 「一平さんに詞をぽんと投げてもらって、それに対して応えて」
松井 「それを纏め上げてることもないんだよね。投げて、投げ返ってくるだけというか」
寺尾 「ほぼそうだね。私が勝手に言葉を変えたりとかはしてるけど(笑)」
松井 「僕が投げた詞を自分で書き起こして、その字を間違えて読んじゃうみたいなんですよ」
寺尾 「自分の書いた字が汚くて読めなくて」
松井 「ライヴ中に歌ってるのを聴いて、あれ?違うな、と思ったりすることもあるんだけど、それがまた良かったりするんです。それくらいユルいんだけど、緊張感はある関係だと思う。信頼してるっていうことかもしれない。そうじゃないと投げられないから。普通は投げるまでが大変でしょ?しかも、投げてから返ってくるのがすごく速いんですよ。送ってから30分後には絶対曲になって返ってくる」
寺尾 「良いな、と思った詞にはすぐに曲が付けられる。やっぱり、一平さんが書く詞のクオリティが高いところにあるから」
松井 「本当に、この人は果てしなく作れるんじゃないかと思ってしまうくらい速いんですよ。それに、僕が送っているのは “詞”というよりも“詩”なんですよね。僕は “詞”じゃないと歌いにくいんだけど、寺尾さんはメロディに合わせて文章を削ることもなく、僕が思いついて書いた詩にそのままメロディを当ててくるんです。その気持ち良さったらないです。奇跡的というか、おかしい(笑)」
寺尾 「(笑)」
松井 「そういうやりとりをいつも夜中にやってるんだよね」

――それは生活のサイクル上?
寺尾 「うん、子供がいるので、曲を作る時間が深夜しかないんですよ」

――でも、お子さんがいらっしゃると朝も早いでしょう?
寺尾 「そう……ですね」
松井 「だから曲作りに全く時間をかけていなくて。今6曲くらい出来上がってるんですけど」

――2人で集まっての練習もなかなかできないのでは?
寺尾 「練習する時間はないですね……。子供が生まれる前は人並みに練習もしていたんですけど、生まれてから急にその時間がなくなって。その頃はかなり精神的に不安定だったかたな。やっぱり練習しないと怖いから」
松井 「怖いんだ、そういうの」
寺尾 「怖い怖い。だって、100からいきなりほぼ0の状態になって、それでもライヴは普通にやらなきゃいけないから。不安はすごく大きくて」
松井 「あんまり不安に思わなそうな印象があったんだけど(笑)」
寺尾 「うん、今はそういう状態になったんだけど(笑)。だんだんライヴの当日、本番に集中する感覚が掴めてきたというか。実際、日常ほとんど練習をしていないと、その場で弾くのがすごく楽しいんですよ。練習があると、その成果を出すような感じになりがちだけど、純粋に喜びの場になるというか」
松井 「喜んでたんだ、知らなかった……喜んでるようには見えなかった(笑)」
寺尾 「(笑)。明るい歌が少ないからね」
松井 「その前に、音楽が好きなのかどうかもよくわからなかった(笑)」
寺尾 「好き好き。弾いて、歌うのが好きなんだよね」

――好きじゃないと音楽やってない気はするんですけど……(笑)。
松井 「そうなんだけどさ(笑)。寺尾さんはそれが不思議に思える感じがあるんだよね。苦しんでるとまでは言わないけど、あまりに自然にやってるから」

――作曲についてそういったお話を伺ってると、寺尾さんの弾き語りと一平さんのドローイングでのライヴに直結していそうな感じがしますね。
寺尾 「でも、作曲の時に即興みたいなのはなくて、型としては作った時にきちっと決まってるんですよ。それを多少崩すことはあるけれど。ライヴであまり変化しないでしょ?」
松井 「うーん……変化すると思うんだけど……。アレンジが毎回違う気がする(笑)」
寺尾 「ああ、あれはね、いつも勘違いしちゃう曲なの(笑)」

――特に打ち合わせはしていないのでしょうか。
松井 「全く。“こういう曲やるよ”っていうのも聞かされてないもん」
寺尾 「順番もちゃんと教えてないね(笑)」
松井 「何曲やるかも決まってないから、尺も決まってなくて(笑)」
寺尾 「まあ、だいたい出来た曲をやるという感じで。一緒に作った曲を中心に」

――画文集『おきば』を作るにあたっても、そういう関係性で進行してゆくのでしょうか。
松井 「最初に作ろうと思った時点で、寺尾さんには自由に書いてもらって、僕も自由にやる感じで良いんじゃないかな、と思って」

「おきば 2」
寺尾紗穂 + 松井一平 ‘おきば 2’, 2013

――相談めいたものもなく?
寺尾 「うん、なかったですね。書いて、送って」
松井 「でも途中で原稿がぐちゃぐちゃになっちゃって、書く気なくしたりしてたよね(笑)。手書きだから。1回心が墜落して」
寺尾 「そう」
松井 「それを引き上げることはしましたけど」
寺尾 「うふふ(笑)」

――寺尾さんの文章は独特のリズム感があって、音は出ないけれど、音楽アルバムのような仕上がりに感じました。
松井 「ありがとう。僕もそういうところが良いと思ってて。寺尾さんは会話もメールの文面も、イメージがすごく飛ぶっていうか(笑)。それが文章の中にも入ってる」

――先ほどお話に出てきた植野さんをはじめ、寺尾さんは様々な方とコラボレートされていますが、長期的なスパンで一緒に活動されているのは一平さんくらいなのではないでしょうか。
寺尾 「そうですね。一平さんは、出会えた、っていう感じだったから」
松井 「音楽だけで繋がってるような感じではないのが良いんだと思う。音楽は置いておいてもいいかな、っていうくらいの。普通に人としてたまたま出会えて、お互いたまたま音楽をやっていたっていう言い方が一番近いかも」
寺尾 「だから創作も、お互いなんか呼吸みたいにやりとりが出来て」
松井 「なんか、全然気負ってない。何にも」

寺尾紗穂 Official Site | http://www.sahoterao.com/
松井一平 Official Site | http://ippeimatsui.com/