DJ Highschool

DJ Highschool, 2015

今の自分のほうが絶対楽しい

 ERA、Campanella、CENJU(DOWN NORTH CAMP)らのプロデュースワークや、BUSHMIND、STARRBURSTと組んだトリオ編成のBBHなどで手腕を揮うトラックメイカー・DJ Highschool aka Sonetorious(SEMINISHUKEI)が、日本を代表するスケート・スラッシュBREAKfASTとのスプリット・ヴァイナル(DMB Production, 2013)に続き、初のフル・アルバム『Make My Day』をLil MERCY aka J.COLUMBUS(PAYBACK BOYS, CRACKS BROTHERS)主宰レーベルWDsoundsよりドロップ。ERA、O.I.とのD.U.O. Tokyoではラッパーとしても活躍し、90sパワーヴァイオレンス・スタイルのハードコア・バンドdREADEYEのシンガー“OS3”としても知られる気鋭が作り上げたのは、“クラシック”よりも“エヴァーグリーン”が似合う等身大のストリート・ポエム。自身のフィルタを通してアウトプットされたDJ Highschool流のヒップホップ・スピリットは、フィールドに捕らわれない魅力を放ち、時代性を纏いながらも色褪せない“ポップ”アルバムとしても機能する傑作です。活動の原点と現在の心境を、ご本人に語っていただきました。

取材・文 | 久保田千史 | 2015年5月

――HighschoolさんはdREADEYEのヴォーカリストでもあるわけですが、活動は別ものとして考えていらっしゃるのでしょうか。
 「まあ、必然的に現場の違いとかでそうなりますね(笑)。でも、ライヴの後にDJをやらせてもらうっていうパターンもけっこうありますけど。人とやっているのと、独りでやっているのでは全然違うし。かっこいいものを作りたいというところでは同じですけど。トラックを作るのは、独りっていうのがおもしろいんですよね」

――BBHでは3人での活動ですが、あれはバンドに近い感覚なんですか?
 「そうですね。でも、言い方が難しいですけど、BBHのほうが意見を出し合って作っているかもしれない」

――dREADEYEは意見を出し合わないんですか(笑)?
 「あはは(笑)。dREADEYEは曲が短いんで。BBHのほうが練り方のスパンがもう少し長いというか。バンドの場合は1曲1曲を淡々と作っていく感じなんですよ。全体を見てアルバムを作るという感覚ではなくて。“作品を作ろう”というよりも“曲を作ろう”みたいなところを意識してるから」

――パワーヴァイオレンスというカテゴリは特にそうかもしれません。パワーヴァイオレンスとヒップホップの間に、共通点を見出しているわけでもなさそうですね。
 「そうですね(笑)。共通するものはあまりないかもしれないです。音がデカくてずっしりくるという点では共通している部分があるのかな。エグい感じは、両方で出したいとは思ってますけど」

――例えば、SPAZZのMax Wardさんなんかは、ヒップホップのファンとして知られてますよね。そういうところからの影響はなかったのでしょうか。
 「たしかに、SPAZZの2ndとか、彼がその前にやっていたPLUTOCRACYとかって、イントロがヒップホップのトラックだったりするじゃないですか。そういうのはかっこいいと感じていて、僕も作りたいな、とは思ってました。そういう意味では好きですね、SPAZZは」

――あとは、DYSTOPIAのロゴやレタリングがグラフィティっぽいとか……。
 「そういう影響はありますよね。1990年代のUS西海岸のバンドって、興味のあることが自分に近い感じがしていたんですよ。クラストみたいに完全に反体制というよりは、楽しみながらやっている感覚というか。そういう感じが強く出てるバンドが好きなんですよね」

――そういう部分で“RAW LIFE”周辺と言われるところと感覚的にリンクしていったのでしょうか。
 「“RAW LIFE”はたまたま先輩に誘っていただいて、出させてもらった感じだったので……。何とも言えないですね。やっぱり、世代的に色んな音楽をフツーに聴いてる人が多かったからというのが大きいと思います」

DJ Highschool, 2015

――バンドとトラックメイキング、始められたのはどちらが先だったんですか?
 「dREADEYEの前にもバンドやっていたので、バンドのほうが先ですけど、dREADEYEを始めた頃にはすでにトラックを作ってました」

――トラックメイキングに関しては、SEMINISHUKEIの存在が大きかったのでしょうか。
 「SEMINISHUKEIと出会う前からトラックは作っていたので、そんなこともないんですよ。最初は“ヒマだからやってみよう”みたいな感じだったのかな(笑)。Anticonとかをよく聴いていて、ラップは別にやりたくないけど、トラックだったら作ってみたいっていう気持ちはどこかしらにありましたけど。こういうのならできるかも、と思って。中学の時からの幼馴染でTac-Rocっていう奴がいて、2人でよくスケボーをやっていたんですけど、そいつが手を骨折してしばらくスケボーができなくなって、すげーヒマだからカセットMTRでも買って何かやってみようってことになったんですよ(笑)。それをしばらく続けていたんですけど、僕のバンドのライヴの時にTacが、自分で録ったやつを勝手に物販に置くようになったんですよ。それに今里さん(aka DJ HOLIDAY / STRUGGLE FOR PRIDE)が反応して、BUSHMINDとかに繋がっていったんですよね」

――きっかけは偶然と言えば偶然だったんですね。
 「本当に偶然です(笑)。当時は今みたいに真面目にやろうっていう感覚は全くなかったですね。なんでもかんでもカセットMTRで録音して、くだらないことばかりやっていて。友達に高校の卒業アルバムを見せて、1人1人についてコメントしているのを録ったりとか(笑)。曲はその合間で作っている感じだったんで」

――最初のレコーディングはカセットMTRだったわけですね。Highschoolさんのトラックの少しくぐもった、ザラっとした質感は、その記憶に起因しているのかもしれないですね。
 「そうですね。カセットMTRだったらザラついた感じが出せるのかな?とは当初から思っていました」

――最初からPCで制作している方もいらっしゃった世代だと思いますけど、そういう知識の上でのカセットMTRという選択だったんですね。
 「一番安いし(笑)。TASCAMのカセットMTRはフォルムも良いんですよね。バンドをやっている人はだいたいカセットMTR持ってますしね。バンドでの録音のスキルがトラックメイキングに繋がっているところはあると思います。まあ、バンドのレコーディングをそのMTRを使ってやったことは一切ないんですけどね(笑)」

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