夏の大△

夏の大△, 2014

“形容されない”という状況

 山岳の如く聳え立つ脚立。無造作に置かれたベンチレーション・ファン。ベアリングに誘われ遠心力を体現する材木。大気の移動をたおやかに、時に激しく視覚化するポリビニールやアルミホイル。思いついたように白煙を噴出すスモークマシン。モーターの痙攣的作動によって断続的に蠢く空き缶。そこかしこに張り巡らされた紐やダクトテープ。そして基本寡黙に、淡々と“作業”を続ける3人の男。それらが一見何の脈絡もなく配置されているかと思いきや……やはり脈絡なく配置されているようです。それが“夏の大△”。そこには“活動”や“状態”、“存在”といった抽象的かつ絶対的な概念が佇むのみ。一切のタグ付けを無に帰する衝撃的なパフォーマンス(“行動”と呼ぶほうが正確かもしれない)は、情報に絡め取られた鬱屈を取り払い、新鮮な感動をもたらしてくれます。

自身の演奏や展示作品の制作のみならず、テニスコーツ諸作をはじめ、王舟、柴田聡子、三沢洋紀、三富栄治、惑星のかぞえかたなどの録音を手がけるエンジニアとしても活躍する大城 真。名門Erstwhile Recordsや宇波 拓主宰hibari musicなどからのリリースで知られ、ソロに加え自身率いるHelloや、宇波、村山政二朗、ユタカワサキと組んだoff-cells、ucnvバンドの一員でもある川口貴大。東京・八広は荒川沿いのオルタネイティヴ・スペース“Highti”を主宰し、ドラマー・中野恵一(2UP, hununhum)とのドラム + 自走ウーファー・バンド“MOTALLICA”での活動や、展示、イベントの運営などを展開している矢代諭史。自作のサウンド・デヴァイスを用いた演奏・展示活動を特徴とする3名により結成され、東京都内のギャラリー / アート・スペースを中心に活動してきた夏の大△が、昨年12月に三角形のパッケージを纏った映像作品『夏の大△』をリリース。竹田大純がデザインした気合の外装、梅香堂(大阪・此花)の堂主、故・後々田寿徳による解説や、フレームに収められているからこその視点と相まって、何が起きているのかをより楽しく感じられる作品となっています。リリース元“DECOY”のサイトに掲載されている畠中 実(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員)の解説も併せて必読です。


本稿では、非常な困難を伴う表現に果敢にも挑む3雄にお話を伺いました。


取材・文 | 久保田千史 | 2013年12月

――お3方はそれぞれ長く活動しているので、お互いの存在は認識されていた思うのですが、面識を持つに至った経緯は?
川口 「大城くんもヤッシー(矢代)も、名前自体はずいぶん前から知ってたかな。でも当時はやってる場所がみんな違ってたでしょ?だから名前は知ってても、なかなか会う機会がなかったよね」
大城 「そうだね。川口くんのことはね、たぶんcherry musicから出てるフィールド・レコーディングのコンピレーションで知ったんですよ。そのコンピレーションに、ものすごく変な音のが入ってて、“すごいなこれ”って思ってて。初めて会ったのは、Helloで円盤(東京・高円寺)に出ているのを観に行った時かな。2007、8年くらいだった気がするんですけど」
川口 「そうそう。打ち上げで“CD持ってる”って話しかけてくれたんだよね。大城くんの存在自体は知ってたんだけど、顔と名前が一致してなかったから、この人があの大城くんなんだ!って思って(笑)。2004年かな、BRIDGE(大阪・新世界 / 2007年閉店)でやってたでしょ?」
大城 「えっ!あれ来たの!? それ超レアだよ(笑)」
川口 「いやっ、結局行かなかったんだけど(笑)。僕は当時大阪に住んでいて、BRIDGEによく遊びに行ってたんですよ。そこで大城くんのTVを使ったパフォーマンスのチラシを見て、“こういう人、大阪にもいるんだな”ってずっと覚えてて。その後もBRIDGE絡みでライヴをやることは多かったけど、大城くんと一緒っていうことが全然なかったんですよね。あの頃は蛍光灯とか使ってたよね。電球だっけ?」
大城 「電球だね。蛍光灯は使ってなかった。会ってからはお互いLoop-Line(東京・千駄ヶ谷 / 2011年閉店 / 現・戸越銀座 l-e)に出るようになったんだよね。ヤッシーはたぶん、ネットで映像を観て知ってたんだと思う。実際に会ったのは僕が東京に来てからですけどね。梅田(哲也)くんていう共通の知り合いがいて」
矢代 「梅ちゃんとは、大城くんや川口くんと会う前から知り合いだったんですよね。大城くんは当時関西にいたからあまり接点がなかったけど、たぶん川口くんと同時期に知り合ったんだと思います」
川口 「僕がヤッシーと初めて会ったのはたぶん、HightiとFLOAT(大阪・安治川)のイベントの時だったと思うな」

夏の大△ '夏の大△', 2013 <a href="http://decoy-releases.tumblr.com/" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">DECOY</span></a>
‘夏の大△’, 2013 DECOY

矢代 「自分はHightiっていう工場を改造したようなスペースを運営してるんですけど、大阪にもFLOATっていう同じようなスペースがあって。そこと比較的仲良くしていて、イベントの交換とか、交流会みたいなことを当時やったんです」
川口 「今pool(東京・桜台)を運営してる人が僕の大学の同級生なんですけど、彼がよくHightiでイベントをやっていたんですよ。だからヤッシーのことは知っていたし、いつか会うんじゃないかと思ってはいたんですけど、そのイベントがきっかけで会うことができて」
矢代 「そうだね。川口くんのライヴ自体を初めて観たのはたしか、SuperDeluxe(東京・西麻布)で。キッチンタイマー?」
川口 「そう、改造したキッチンタイマー。それを100個くらい使って、色んなところに置くっていうライヴをやってたんですよ」
矢代 「自分も、そういうちまちましたものを配置するライヴをやっていたことがあって。だから音場の感じとか、鳴りがすごく新鮮で、“演奏が上手いな”って思った印象がありますね」
川口 「まあ、お互いその後は普通に、呑んだりするようになった感じで。今も呑んでるんですけど(笑)」

――そんな3人が一堂に会することになったのはどんなきっかけがあって?
川口 「それはヤッシーがきっかけですね」
矢代 「そうですね。2010年頃かな、FLOATに用事があって大阪に行った時に、FLOATのオーナーに“近くに新しいギャラリーがオープンしたんだよ”って教えてもらったのが梅香堂っていうギャラリーで。早速行ってオーナーの後々田さんと色々話をしていたら、“何かやってくれ!”みたいな感じでいきなり言われて(笑)。急だったので一度持ち帰ったんですけど、しばらく具体的な案が浮かばなかったんですよ。自分の個展はあまりやっていない時期だったし、やるなら裏方に回って誰かにやってもらおうかな、とも考えていたんですけど、その時に大城くんと川口くんのことが浮かんで。3人の展示をやってみようと思ったのが発端ですね」

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