INOYAMALAND

INOYAMALAND, 1983

――エノの。
山下 「そう、エノの(笑)。おもしろそうだから電話したんだけど、それが儒理さんだったの。そのときに、彼女は“昨日、ROXY MUSICファンクラブの巻上さんという人に会いました”って言ってたんだよね」
井上 「短期間に色んな人が集まってきたってことだよね」
山下 「そうそう。その後ファンクラブが具体化して、儒理さんは“Main Stream”っていう会報を作ったんだけど、その取材で受けたのがヒカシューの初インタビュー、78年の4月かな」
井上 「INOYAMALANDじゃなくてヒカシューの取材だったんだっけ。そっかそっか」
井上 「その記事が載ってる号と一緒に、僕らの音源を送ったんだよね、Enoに」
山下 「うん、送ったかも」
井上 「儒理さんがEnoに送ったんだったと思うよ。そこそこ評価されたんじゃなかったかな。忘れちゃったけど」

――えー!すごい。想像していた以上に、INOYAMALANDにとってBrian Enoは影響絶大だったんですね。
山下 「絶大。でも僕と井上くんでは、入口がちょっと違うんだよね。僕は最初、Frank Zappaが好きだったの。でも、自分で音楽をやる場合、これはできないな、と思っていて」

――技術的に?
山下 「そう。最初の頃のZappa、メジャーになる前の“Verve時代”っていうのがあるんだけど、その頃はまだテープ・コラージュとかやっていて。途中からFlo & EddieっていうTURTLESのメンバーが入ってきて歌ものが中心になって、ポップになっていくんだけど、そのあたりからちょっとダメになってきて」
井上 「ポップになるとダメになるパターンね」
山下 「Enoを聴くようになったのは、実はLa Monte Youngの影響なんですよ。ROXYは知ってたんだけど、ROXYには興味がなくてね。EnoはROXYに入る前の美術学校時代に、La Monte Youngの曲を演奏してたっていうのを何かの記事で読んだんだよ。そんな頃に、池袋のヤマハに行ったら、“(No Pussyfooting)”(Fripp & Eno, 1973)があったわけ。ジャケを見たら、A面1曲、B面1曲だったから、これだな!って思って。もう、聴くまでもなく(笑)」
井上 「あはは(笑)」
山下 「自分で音楽をやるならたぶん、こっちのほうがやり易いって思ったわけ。当時はタージ・マハル旅行団(小杉武久)の影響もあって。ただずっと、一緒にやる人が見つからなかった。そういうときに出会ったのが井上くんだったんだよね」

――絶好のタイミングで出会われたんですね。
山下 「そうそう。今、だんだん井上くんが“O Caroline”を弾いた日のことを思い出してきたけど、僕が適当にエレピを軽く弾いてると、井上くんが勝手に演奏に絡んできたんだよ」
井上 「本当に?それってINOYAMALANDが誕生した瞬間じゃないの(笑)」
山下 「僕の弾いてる曲を聴いて“その曲って何ですか?”っていうんでもなくてさ。弾いてると、なんだか絡んでくるわけ」
井上 「僕は後のヒカシュー時代に、Keyboard magazineか何かのメロトロンの記事で、“一番のお奨めメロトロン作品”というお題だったんですけど、他の人はけっこうプログレの、『クリムゾン・キングの宮殿』とかを選んでいる中で、MATCHING MOLEの“O Caroline”をジャケットと一緒に紹介した記憶があります」

INOYAMALAND, 1984

――井上さんはそういう、所謂カンタベリー周辺がずっとお好きだったんですか。
井上 「そうですね。僕は1974年だから17歳のときに半年間、東京キッドと一緒にロンドンとNYに音響と美術のスタッフとして行ってるんですよ。イギリスで居候させてくれた人が、Robert WyattだとかPINK FLOYDのRoger Watersなんかと個人的に親しい人で。その人のコレクションを毎日、仕事が終わって帰ってからずっと聴かせてもらって。カンタベリー系とかあのへんのをね。その家の1階にガレージがあって、そこで舞台の大道具を作ったり、ペンキを塗ったりしていたんだけど、隅っこにボロボロのアップライトピアノがあって。ここは音楽をやる人も使ったりするんですか?って聞いたら、“昔ここでデビューする前のROXY MUSICが練習してたんだよ”って言うんですよ」

――なんて奇遇な。
井上 「近所から苦情が来たらしくて。音が大き過ぎたんですか?って聞いたら、そうじゃなくて、下手過ぎたから苦情が来たんだって(笑)。その話がすごく印象的で」

――色んな偶然の積み重ねがあるんですね……。でも、ROXYと言えば巻上さん、巻上さんと言えばヒカシューですが、『COLLECTING NET』の時点ではお2人が “ヒカシュー”と名乗っていた、というか最初はお2人がヒカシューそのものだったんですよね。
山下 「そうそう」
井上 「『COLLECTING NET』の音楽を始めるにあたって、山下さんが武満 徹さんの曲からインスパイアされて名前をつけたの」
山下 「うん、何か自分で始めるときは“ヒカシュー”っていう名前にしよう!って。少し前から決めてたの(笑)」

――でも今は、ヒカシューは巻上さんとイコールみたいな感じですよね。それについてはどう思っていらっしゃるんですか(笑)?
山下 「それはいいんじゃないかな?と思って。一応どこかで©になってるんじゃない(笑)?」
井上 「ないない(笑)。ただ、『DANZINDAN-POJIDON』を83年に出すときに、もう“こっちもヒカシュー”っていうわけにはいかないから、新たに“INOYAMALAND”っていう名前を作ったんですよ」

――井上さんが書かれたリマスター盤『DANZINDAN-POJIDON』のセルフライナーを読んでおもしろかったのは、細野さんはINOYAMALANDの“land”をジオグラフィカルなイメージ捉えていらっしゃいますけど、実はテーマパークっぽいイメージで“land”がつけられたということです。
山下 「それはたぶん井上くんの誤解なんだよ。ディズニーランドのTシャツを着てたって言うけど、着てなかったんですよ」
井上 「着てた着てた!絶対着てた!何年着られるかギネスに挑戦!みたいなこと言って、穴があいても着てたじゃん」
山下 「着てないよ。だって僕、80年代は反ディズニーランドだったもん」
井上 「そうなんだ(笑)」
山下 「だからPRE HIKASHU時代には着てたけど、INOYAMALANDになってからは着てないんだよ」

INOYAMALAND '<a href="http://extrecordings.blogspot.com/2018/07/inoyamaland-danzindan-pojidon-new.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">DANZINDAN-POJIDON</span></a>'
INOYAMALAND ‘DANZINDAN-POJIDON

――じゃあ“land”は何だったんだ(笑)!?
井上 「何だったんだろ(笑)」
山下 「まあ、あの頃は“On Land”(Brian Eno, 1982)もあったし」
井上 「それを言ったら話が終わっちゃう(笑)」
山下 「いやいや、つまり、井上と山下のエリアっていうか、国っていうか。そういう意味でのland”だったんだと思う」
井上 「そういえば『DANZINDAN-POJIDON』が出たときに僕、ヒカシューのファンクラブの会報に書いた……。その頃は神奈川県の湯河原に住んでいて、そこで録音した曲もレコードに入ってるんですけど、隣町に真鶴っていう小さな半島があるんです。そこに小さな水族館(真鶴水族館 / 1990年頃閉館)があったり、サボテンランド(真鶴サボテンランド / 2004年閉園)の中にクジャクを放し飼いにしてる大きなケージがあったり。レコードの表ジャケは水族館の生簀にいた海亀だし、クジャクはサボテンランドにいたクジャク。そういう地元エリアの話を色々ファンクラブの会報で紹介して、“もしかしたらここがINOYAMALANDなのかもしれない”みたいに書いた記憶がある」
山下 「でもそれ、後付けでしょ(笑)?」
井上 「うん、かなり後付け(笑)。レコード発売の後に考えた」
山下 「でもたしかに、僕と井上くんの間には、湯河原と吉祥寺っていうのはあるよね」
井上 「うん、あるね」
山下 「その土地の何を具体化するっていうんでもないんだけどさ。井の頭公園(東京・吉祥寺)でセッションした曲を、湯河原の井上くんの家で作り始めると、結局、湯河原と吉祥寺のイメージになる。それがINOYAMALANDのベースにあるわけですよ。演奏が途中で煮詰まると、井上くんと温泉街を散歩したりだとか。2ndに入ってる曲ですごく思い出すのは、ある曲を作っていて、サビのところでもうひとつ音が欲しいな、っていうところで行き詰まるわけ。それで井上くんと散歩に出たの。ちょうど雨上がりでね、水たまりにアオスジアゲハが何匹も給水に来てるわけ。僕たちが通ると、それが一斉に飛び立って。そうすると、帰った後に井上くんがそのイメージで弾いて、“山下さん、こんなのどう?”って言うわけ。僕も“あっ、それだね”って答えてさ」
井上 「あぁ……覚えてる」
山下 「INOYAMALANDはそういうものなんじゃないかな」

――素敵なお話です……。日常的でもあり、ファンタジックでもありますね。細野さん考案の“ウォーター・ディレイ・システム(Water Delay System)”も、現実なのか幻想なのか謎めいていて、気になってしまいます。あれは技術的に、再現可能なんですか?
井上 「可能ですよ。水槽さえあれば。まず、水槽の外側にスピーカーをガムテープで貼り付けるんです。だから厳密に言うと、振動しているのは水槽のガラス面なんですね。その振動が、水槽の中に吊るしたマイクに伝わる。マイクにコンドームをかぶせて吊ったんですけど(笑)。そうやって収録した音を卓に戻して、素の2ミックスと合わせます。実は水中ってディレイ効果は全く生まなくて、むしろ空気中よりも音の伝達は早いんです。だから、あれは細野さん一流のファンタジーなんですよね。たぶん細野さんもそれは最初から重々承知の上で“ディレイ”って言ったんだと思う。だから、澄み切った透明感とかは全然生まないんですよ、あのシステムは(笑)。むしろモコモコした音になっちゃう。でもそれがいい。彩度の強過ぎる絵に曇りガラスをかぶせて落ち着かせるような。そういう効果で独特の風合いが出たんだと思う」
山下 「一番の効果っていうのは、“これは一体何なんだ?”っていうところだと思うよ。図と共にね。今でも語り草になるっていうのはさ。細野さんが出してくれた、すごいオマケ効果っていうのかな(笑)」