Interview | SURGEON | Anthony Child


人々の帽子の問題について

 1990年代から活躍するブリティッシュ・テクノの巨匠・Anthony Child aka SURGEONが、同名義では2016年の『From Farthest Known Objects』以来約2年ぶりのオリジナル・フルアルバム『Luminosity Device』を5月に自身主宰のDynamic Tensionからリリース。独名門Tresor、Karl O’Connor(REGIS) & Peter Sutton(FEMALE)主宰Downwardsなどからのリリースで知られ、REGISと並んで近年インダストリアル・テクノ源流としての再評価著しいハード・ミニマルの重鎮としてのみならず、Editions Megoからのリリースをはじめとする音響重視のビートレス作品でも高い評価を得ている鬼才の現行フェイズが、『Luminosity Device』には凝縮されています。エレクトロニック・ミュージックを志したきっかけや現在の活動について、メールでお話を伺いました。

取材・文 | 久保田千史 | 2018年6月
翻訳 | 下村雅美
Main Photo | ©Cathrin Queins


――あまりない機会なので、よろしければ昔のことも聞かせてください。かつてのご自身を振り返って、どんなことに興味を持つ子供だったと回想しますか?または周囲にはどんな子供だったと言われますか?

 「私は常にとても内向的だったのですが、特に子供の頃はそうでした。いつも周囲の人々を観察していました」

――子供繋がりで……“Child”という姓、英国には多いのでしょうか。どんな由来があるのですか?僕の“久保田”という姓は、ランドスケープに由来しているらしいです。姓はご自身で選ばれたものではないですし、もちろんお答えいただかなくても結構です。
 「日本の人々の名前はとても詩的で、自然界から由来していることが多いそうですね。イングランドでは、我々の名前にそういった強い関連性はありません。もちろん私の姓“Child”には”子供”という意味がありますが、特に深い意味ではないんです」

――はじめて好きになったのは、どんな音楽でしたか?
 「私はとても若い時からエレクトロニック・ミュージックに強く惹かれていました。6歳頃からよく冨田 勲の音楽を聴いて楽しんでいました」

――エレクトロニック・ミュージックを志すようになったきっかけは?はじめて手に入れた機材や、それを手に入れたことで次にやるべきと感じたことについて教えてください。
 「古いオープンリールのテープレコーダーで遊び始めたのがきっかけです。テープを切って、テープ・ループを作っていましたね。その次にはマルチトラックのテープレコーダーで遊んでいました。最初のキーボードはKORGのPOLY-800でしたよ」

――“surgeon(外科医)”というエイリアスの由来と、そう名乗るようになった理由について教えてください。
 「私の曽祖父はヴィクトリア女王の子供たちを診た王室担当医だったので、その家族の伝統を継続したかったんです」

――盟友と言って差し支えないであろう、Karl O’Connorさん aka REGISとの出会いについて聞かせてください。
 「Karlとは、私の最初のレコード(Downwards, 1994)をリリースするまで会ったことがありませんでした。Mick Harris(SCORN, LULL, NAPALM DEATH, PAINKILLER, UNSEEN TERROR ほか)が僕らを引き合わせてくれたんです」

――O’ConnorさんとのBRITISH MURDER BOYSでは顕著ですし、SURGEON作品からもノイズ / インダストリアル・ミュージックやエレクトロニック・ボディ・ミュージックからの影響を感じますが、実際のところはどうなのでしょう。COILのTシャツを着ている写真は拝見したことがあるので、お好きなんだろうな~とは思っていますが、ほかにも影響を受けたノイズ / インダストリアル作品があれば、具体的に教えてください。
 「ある特定のアーティストは好きですが、ノイズ / インダストリアルというジャンルの全てが好きということではありません。ほとんどはひどいものですからね。COIL、FAUST、WHITEHOUSE、SUICIDEは大好きです」

――Jeff MillsさんやSteve Stollさんはかつてインダストリアル / EBMのバンドに所属していたことが知られていますが、ご本人とそういうお話ってされたことありますか?
 「いいえ、話したことはありません」

――SURGEONとREGISが“インダストリアル・テクノ”の源流と目されることについてどう感じていますか?
 「今の私にとっては少々恥ずかしいことです。インダストリアル・テクノは悪いジョークやひどいパントマイムになってしまいましたからね。今は全く興味がありません」

――Tresorを離れてからの最初のアルバムは『Body Request』というタイトルですが、さすがにこれはEBMとは関係ないですよね?日本のポカリスエットというスポーツ飲料はかつて“Body Request”というキャッチフレーズを使用していたのですが、もしかしてそれをご存知だったとか?
 「そうなんです、ポカリスエットのことを知っています。”Body Request(体の願い)”というアイディアが好きで、レコードの名前に使いました。EBMとは何の関係もありません」

――Mick Harrisさんは、SURGEONのリミックスやO’Connorさんとのコラボレートなどで親交が深いイメージがありますが、例えばGODFLESHのような他のバーミンガムのグループとは交流があるのでしょうか。JK FLESHの近作などは、個人的にすごくSURGEONの影響を感じるんですよね……。
 「Mick Harris、Karl O’Connorとは強い繋がりがありますが、他のバーミンガムのバンドはそうでもないんですよ」

――00年代からは、ハードミニマルのイメージを覆すようなアンビエント作品にも取り組まれていますよね。Andrew Readさんとのコラボレーションがきっかけになったのでしょうか。
 「私がある時点でアンビエント(もしくはビートレス)・ミュージックを作り始めたというのはよくある誤解です。テクノ以前に、私が作り始めた音楽はそういう種類のものでした。1997年にTresorからリリースした最初のLP(『Basictonalvocabulary』)にはその気配がありますが、1998年のMOGWAIのリミックス(『Fear Satan』, Eye Q)や、本名名義で1999年にリリースした『Over Napoli』(STOCK, HAUSEN & WALKMANとのスプリット作 / Jockey Slut)ではより明白にわかると思います」

――Readさんとは、かつてBLIMというバンドで共に活動されていたんですよね。恥ずかしながら聴いたことがないのですが、どんなバンドだったのでしょう。また、その頃の活動が現在の創作に影響することはありますか?
 「BLIMはプログレッシヴ・ロックバンドでした。私はエレクトロニック・ノイズ、サウンド・エフェクト、テープ・ループを演奏していたんです」

――『From Farthest Known Objects』では、それまでのSURGEON名義での作品以上にノイジーでありながら、より空間を重視した内容だったと思います。アンビエント作品での成果をSURGEONに持ち込もうとしたのでしょうか。
 「『From Farthest Known Objects』は、通常テクノを作るために使わないような機材を使ってテクノを作るというプロジェクトで、独特の結果を生み出しました。遠い銀河から発せられる音楽に周波数を合わせた無線受信機のような感じがしましたね」

――モジュラー・シンセサイザーの導入は創作に影響していますか?
 「とても楽しかったという意味で、私のプロセスを変えたと思います。“演奏”に立ち返らせてくれましたし、音楽創作に悦びをもたらしてくれました」

――長々と昔のことばかりお聞きして申し訳ありませんでしたが、最新作『Luminosity Device』は過去作品全ての要素が含まれているように聴こえるんです。「死者の書」からインスパイアされた理由も含め、制作にあたって考えていたことを教えてください。
 「『Luminosity Device』はサイケデリックな経験にインスパイアされています。“チベット死者の書”はそのためのガイドブックなのです」

――カヴァー・アートにご自身の写真を使用されているのも象徴的に感じます。初めての顔出しですよね?Fabricのミックスは顔出しでしたが、インクまみれで誰だかわかりませんでしたし……。
 「FabricのCDで使われている写真は私ではありません。誰かは存じ上げないのですが、私には全く似ていないですよ」

――髭はもう生やしていないのですか?Boiler RoomでAfrican ApparelのBURZUMリップオフTシャツを着ていらっしゃったので、“Count Grishnackhみたいな髭”って言われてムカついたのかも……なんて想像していました。どうでもいい話ですいません……。
 「とても多くの人々が私の髭や、着ているTシャツについて語っていますが、それはおかしなことですし、悲しいことでもあります。まるで、彼らがどこに注意を払っているのかを調べるテストのようです。とても安易に、些細なことに関心を持つものなのですね。私はモンティ・パイソンの映画『人生狂騒曲』の一節“People aren’t wearing enough hats(今の帽子じゃダメだ)”にかなりインスパイアされています」

――ごめんなさい……。SURGEONは今後、本名名義と比較して、どのようなプロジェクトになってゆくとお考えですか?
 「SURGEONはテクノのプロジェクトですが、本名名義は常にもっとパーソナルで、あらゆる種類の音楽スタイルからの幅広い影響を取り入れています」

――そういえば、Lady Gagaさんとのコラボレーションには正直びっくりしました。Lady Starlightさんを通じてのお話だったのでしょうか。今後再びコラボレートする可能性はありますか?
 「Lady Starlightと私は、Lady Gagaのコンサート後に会ってアイディアを出し合いました。Lady Gagaとは、いつかまた一緒に仕事ができたら嬉しいです。セクシーでクールですからね!」

――お答えいただいえも差し支えない範囲で、SURGEONならびにその他プロジェクトで制作予定の作品について教えてください。
 「SURGEONでのDJとライヴセットに加え、Lady Starlightとのライヴ、Speedy JとのプロジェクトMULTIPLES、Daniel Beanと組んだTHE TRANSCENDENCE ORCHESTRAでのライヴとスタジオ・プロジェクトを控えています」

SURGEON Official Site | https://www.dj-surgeon.com/