HELLCHILD

HELLCHILD

地獄童物語

 MESSIAH DEATHやNECROPHILE、TRANSGRESSORらと共に日本デスメタル黎明期を支えたバンドとしてのみならず、三多摩エリアのハードコアパンクとリンクする東京のバンドとして、CORRUPTEDやMULTIPLEXらとの共闘でSxOxB以降のエクストリーム・ミュージックを知らしめたパイオニアとして、パワーヴァイオレンス全盛の1990年代グローバル・ハードコア・シーンを駆け抜けたメタル・バンドとして、もしくは今や名門となったJacob Bannon(CONVERGE)主宰Deathwish Inc.の第1弾アーティストとして、圧倒的な存在感を放った異形、HELLCHILD。獰猛かつ内省的なスタンスでも異彩を放った彼らの原点と言うべき1992年の初CD作品『…To The Eden』が、結成時から同作までの貴重なデモ音源を収録するボーナス・ディスク付きのリマスター・ヴァージョンとなって4月にリイシュー。極初期のロウなスラッシュメタルから、デスメタルの向こう側へと飛び立つまでの変化を、一挙に味わえる内容となっています。これを記念して、Ritual Recordsを主宰し、HELLCHILDのプロデューサー / マネージャーとして共に歩んだ“Jumbo”こと早川朋尾氏と、HELLCHILDのメイン・コンポーザーにして名ギタリスト・鈴木英一郎氏に、結成当初からの思い出と、未来の展望を語っていただきました。

取材・文 | 久保田千史 | 2016年4月

――『…to the Eden』のリイシューおめでとうございます。オリジナルのリリースから20年近く経ったわけですね。
Jumbo 「24年ですね」
鈴木 「この頃はまだ20代前半でしたから」

――HELLCHILDは、結成から1992年の『…to the Eden』リリースまで数年の歳月を要していますよね。結成時からのお話をお伺いしてもよろしいでしょうか。
鈴木 「結成は高校3年生の時ですね。中学が一緒だったドラムの内藤とヴォーカルの細野(孝正 / ゾスキア)と一緒に始めました。お互い違う高校に通っていたんですけど、たまたま道端で出会って、ノリでスタジオに入ることになった感じですね。2人はよくEXPLOSION(東京・神楽坂 / 現・TRASH-UP!!)にジャパメタのライヴを観に行ってたらしいんですよ。REACTIONとか、あのあたり。僕は海外のスラッシュメタルを聴くことが多かったんですけど」

――ライヴにも足は運ばれていたんですか?
鈴木 「高校生の頃はあまりライヴには行かなかったですね。サッカーやってたんで(笑)。ライヴを観るようになったのは、CASBAHがメイクを取るか取らないかくらいの頃だと思います。高校時代は平日サッカーの練習をして、日曜日になると親から上手にくすねた金でレコードを買いに行く、みたいな生活でした(笑)。毎週、KINNIE(キニー, 東京・新宿 *1)っていう輸入盤のレコード屋に通って。バンドを始めてから、何の縁だかDISARM(*2)とかとツルみ出して、GENOA周辺にどっぷり入って行った感じです」
Jumbo 「僕は同級生の奈良崎(伸毅 aka Narasaki / 臨終懺悔, COALTAR OF THE DEEPERS, DEF.MASTER, 特撮)に連れられてEXPLOSIONに行くようになったあたりでHELLCHILDを知りましたね」
鈴木 「そうそう、同年代の友達はジャパコアが多かったですね。臨終懺悔とか」
Jumbo 「ハードコアの奴らも当時けっこうEXPLOSIONに集まってたんですよ。まあでも、単に同世代で集まってる、みたいな感じだったのかな」
*1 DISCLANDに改名後、1990年代前半に閉店
*2 後のDRASTIC GUNSMITH

――メタルヘッズとパンクスが仲悪い、みたいなことはなかったんですか。
鈴木 「そんなの全然ないですよ。HELLCHILDはパンク系の対バンのほうが多かったかもしれないですね。半々くらいかな」
Jumbo 「同世代では、ハードコアの人たちもスラッシュメタルを聴いてたし、スラッシュメタルやってる人もハードコアは聴いてたし。別に敵対するようなところはなかったですよ」

――当時のHELLCHILDは、再発盤にも収められているデモでも聴けるように、スラッシュメタルだったわけですよね。
鈴木 「そうですね。スラッシュメタル。METALLICAよりもSLAYER、KREATOR、DESTRUCTIONみたいな感じ。周りはみんなMETALLICAって言ってたけど、METALLICAなんて軟弱だろ!みたいな。今聴くとMETALLICAすごいな、って思うんですけどね(笑)。高校生の時にSLAYERの2ndが大好きになっちゃって」

――デモは恥ずかしながら今回の再発で初めて拝聴したのですが、DESTRUCTIONもそうだし、初期のSEPULTURAとか、SARCOFAGOみたいな感じもあって、めちゃくちゃかっこいいですよね。
鈴木 「あはは(笑)。ありがとうございます」
Jumbo 「細野はBATHORYとか、KREATORの1stが好きだったよね。HELLCHILDの1stデモに入っている“Endless Pain”ってタイトルはそこから取ってるんだと思いますけど(笑)」
鈴木 「DARKNESSとか、TANKARDとか、そういう速いジャーマン・スラッシュが好きだったね、細野は。僕はあと、GASTUNKとENGLISH DOGSがとにかく好きでした。高校の学園祭ではGASTUNKとか、THE CLAYの“The Middle East Combat Area”とか演りましたね」

HELLCHILD

――高校の学祭でTHE CLAYってシブくないですか?早熟ですね……。
鈴木 「そんなことないですよ。当時、深夜番組にGASTUNKとか出てたんで。HILLBILLY BOPSっていうロカビリー・バンドのヴォーカルがやってた番組に“インディーズ・フェスティバル”が出てきたり。あとは『DOLL』を立ち読みしたり……『ロッキンf』にもよくスラッシュメタルが載ってたんですよね。CASBAHとかJURASSIC JADEとか」
Jumbo 「SACRIFICEとかね」
鈴木 「うんうん。そうやってなんとか情報を集めて。新宿に行けばそういうレコード屋さんもありましたし。直接ジャケットを見て、裏の写真でメンバーが着ているTシャツをチェックしたり。そういう買い方でしたね。EXODUSの1stとかはジャケが強烈で買ってみるとか。でも結局、本当に良いと思えるものにはなかなか出会わないんですよね。KREATORの2ndだって最初なんだこれ?って思ったし。聴くうちに好きになりましたけど」
Jumbo 「試聴もなかったしね」
鈴木 「店内で流れてるくらいだったよね」
Jumbo 「でもKINNIEは爆音で流してたから、そこでかっこいいと思って買うと失敗するんだよ。家に帰って聴いてみたら、アレ?っていうことが多かった(笑)」

――でもたぶん、いきなり『Hell Awaits』にはいかないじゃないですか。それ以前に、音楽が好きになるきっかけみたいなことはあったのでしょうか。
鈴木 「それはやっぱり、KISSですね。小学校4年の時に初めて聴いたKISS。同級生の兄貴が好きで。とりあえず血吐いたり、見た目からすごいじゃないですか。なんだこれ?みたいな(笑)。その頃、従兄弟がよくパチンコ屋に連れて行ってくれたんですけど、そこにKISSのシングルが置いてあって」

――ああ、景品で。
鈴木 「そうそう。“Shandi”(*3)のシングルが、初めて手に入れた洋楽のレコード。玉を拾い集めて交換したから、お金は出してないんですけど(笑)」
*3 『Unmasked』(邦題『仮面の正体』 / 1980)収録

――もしかして、ギターを始めたきっかけもKISSだったりするんですか?
鈴木 「本当にそうなんですよ。中3の時に内藤とバンドを組んで、KISSの曲を3曲やりましたね」

――そこから数年であっという間にスラッシュメタル。
鈴木 「そうですね。高校生って、血気盛んな時期じゃないですか(笑)。とにかく激しいものを探してました。もっとないのか?みたいな感じで」

――デモでも聴けるように、HELLCHILDの音楽性も徐々に変化してゆきますよね。
鈴木 「まあ、僕が曲を作っていたので、その時好きなバンドとか、影響されたバンドによって曲を変えていたのは事実ですね」

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