INOYAMALAND

INOYAMALAND, 1983

――なるほど(笑)。でもいいお話です。そうして出来上がった『DANZINDAN-POJIDON』は、日本における“アンビエント(ambient)”の先駆けとされていますが、その時点ですでにアンビエントという概念は持っていらっしゃったのでしょうか。
山下 「Enoが“Discreet Music”の後に、今度はHarold Budd、Laraajiとかを出し始めたのが“Ambient”っていうシリーズだったんだよね。最初が“Music For Airports”(1978)で。アンビエントっていう言葉はそのときに出てきたんじゃないかな。たぶんね」
井上 「それ以前の、今で言うアンビエント的なものについて、僕らは“エンヴァイアランメント・ミュージック(environment music)”っていう言葉を使ってた記憶がある。そういうのはフィールド・レコーディングのものが多かった。お寺の鐘の音が片面30分入ってるだけとか、“ビー・イン(be-in)”て言って、セントラルパークのヒッピーたちが煙でいい気持ちになって太鼓を叩いてるのが30分入ってたりとか。そういう録音をエンヴァイアランメント・ミュージックとして扱っているレコードは何枚かコレクションしてた」

――井上さんのセルフライナーによれば、『DANZINDAN-POJIDON』の時点でRaymond Murray Schaferには触れていらっしゃったんですよね。
山下 「それもたぶん、井上くんの勘違いだと思うんだよな……。僕はMurray Schafer全然影響受けてないし、全然好きじゃない(笑)」
井上 「えーー!え?なんでなんで?Schaferからタイトルをつけたのは僕、よく覚えてるよ?」
山下 「“似てるからやめろ”って言われたのかもしれないな、逆に」
井上 「そうかもね。“似てる”みたいなのはちょいちょい出てくるんだよね。2ndの最後に入ってる“笑う蜩”も、Virginia Astleyって言われてたよね」
山下 「Virginia Astleyは好き(笑)」

――あはは(笑)。アンビエントという言葉の発生以降は、INOYAMALANDの音楽をアンビエントとして捉えていらっしゃったのでしょうか。
山下 「“アンビエント”が出てくる前に、エンヴァイアランメント・ミュージックをもう少し広い意味で捉えた“環境音楽”があって。それが僕たちがやろうとしている音楽に一番近いジャンルかな?とは思ってた。自分たちでも環境音楽って言ってたし。あくまで一番近いジャンルとしてね。そのうちにアンビエントって言葉が出てきたけど、自分たちの音楽をアンビエントって言うことはなかったな」
井上 「周りの人たちがいつの間にかアンビエントって呼んでくれるようにはなったけど」
山下 「うん。少なくとも80年代までは環境音楽って言ってた記憶がある。アンビエントはあくまでもEnoのレーベル名みたいな感じで、ジャンルとして言ってた記憶はないのね。ジャンルになるのは、クラブ・ミュージックが出てきてからじゃないかな。1990年代に入ってからだと思う。80年代は、アンビエントって言っても相手に通じなかったりね。環境音楽って言えばなんとなくわかってもらえたんだけど。90年代以降のアンビエントは、テクノ以降のまた違う文脈になってくるし」
井上 「僕と山下さんは、言葉とか名称がすごく混乱していた70年代の後期に音楽を始めたんですけど、あの頃は下手するとロックのジャンルに入れられていたような音楽でもあったんですよ。例えばジャーマン・ロックなんかは、プログレッシヴ・ロックにカテゴライズされるんだけども、完全に実験音楽みたいなバンドもあったし。エレキ・ギターが入っていれば、TANGERINE DREAMみたいなグループであっても“ロック”って言われちゃうような。結局ロックになっちゃったんだけどね(笑)」
山下 「そうそう。でもまあ、分け方としては逆にすっきりしたよね。ロックというジャンルが何でもアリになった」
井上 「うん。その“何でもアリ”が拡散してゆくのがおもしろくて僕も音楽を始めたんだけども、あっという間に“パンク”だったり、“ニューウェイヴ”だったり、ひとつの“ジャンル”になんか収束したがっちゃうんですよね、世間が。そういうところからなんとか逃れ逃れて、ヒカシューをやってみたり。ヒカシューに“テクノポップ”っていうレッテルが貼られる頃には僕たち、もう違う方向に行ってたり」

INOYAMALAND '<a href="https://extrecordings.blogspot.com/2019/03/inoyamaland-live-archives-1978-1984.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">Live Archives 1978-1984 Showa</span></a>'
INOYAMALAND ‘Live Archives 1978-1984 Showa

――それは意識的に、“抗う”気持ちがあってのことだったんですか?
井上 「そういう感じでもなくて、単純に、自分で飽きちゃう。何かにカテゴライズされると、常にそこから外れようとする悪戯心みたいなのもあって。そういう意味では“アンビエント”っていう言葉にも、僕らの側からはあまり意識的ではなかったのかもしれない」

――ひとつお伺いしたいんですけど、ある種“アンビエント”や“環境音楽”と近似した分野として語られる“ニューエイジ”という文脈がありますよね。
井上 「あったね!そういうの。懐かしい……」
山下 「あったあった」

――そちら方面との接点は全然なかったのでしょうか。
山下 「むしろ敵対視してたね、僕なんかは。コノヤロウ!って思ってた」
井上 「そうなの(笑)?」
山下 「常に思ってるのは、Enoもそうだし、John Cageなんかもそうなんだけど、陰と陽じゃないですか。Erik Satieもそうかな。非常に美しい曲と、そうでない曲がある。常に陰と陽があるからこそ両方が際立つんだけど、ニューエイジは陽だけって思ってたの。表面だけっていうか。だから、一緒にされるのは嫌だった。今でも“癒し系”とか言われるとすぐムキになっちゃう(笑)。音楽をやっているうちにスピリチュアルになっちゃったり、ニューエイジになっちゃったりっていうのなら、それはそれで自然な流れだから別にいいんだけどさ。たとえ宗教的になったとしてもね。でも、そっちが先にあって、その後に音楽があるように見えたんだよね。ニューエイジって。昔からジャズをやっているような人が平気でそうなってゆくのを、それはインチキでしょ!って見ちゃってたわけ」
井上 「だから僕は今回、『DANZINDAN-POJIDON』再発の前に『COLLECTING NET』が出せたっていうのがすごく嬉しくて。この中には、綺麗なものもあるけれど、毒を含んだ音もいっぱい入ってるんですよね。“DDT”みたいに、ノイズ・ミュージックのような曲も入ってる。それを含めてのINOYAMALANDをまず世に出すことができて、順を追って『DANZINDAN-POJIDON』というのは納得できた」
山下 「そうだね。当時はレコードだから、まあA面は比較的心地よく、B面はちょっと違う面を出すっていう意図もあって。それで山下サイドと井上サイドみたいになっちゃってるんだけど、そういうのは当時から意識してた」

――そういう部分を含めて、細野さんの“中間音楽”という言葉は、かなりINOYAMALANDにフィットしていたのではないかと思います。
井上 「うん、おもしろいなって思って。“Medium”っていうのはレーベル名だったのかな?」
山下 「そうそう」
井上 「そこにわざわざ日本語で“中間”っていう言葉を持ってくるセンスはすごく好きだった」
山下 「何の中間なのか、わからない感じとかね(笑)」

INOYAMALAND

――たしかに(笑)。
井上 「次は“期末”かな?みたいな(笑)」
山下 「Enoがほら、それまでの”ロック・ミュージシャン”とか“ジャズ・プレイヤー”とかっていうのを単に“ミュージシャン”、そこからさらに“ノン・ミュージシャン”て言い始めるでしょ。僕はそういうのがすごく好きでね」

――ヴォーカル主体のロックが主流の世にあって、フル・インストゥルメンタルのデュオを選択したのも、その意識の顕れなのでしょうか。
山下 「たしかに、60年代の頃の僕は堅くて、音楽をやるにはメンバーがいないとダメとか、ロックをやるならヴォーカルがいないとマズいとか、ドラムとベースが必要とか。“インストゥルメンタルでもいいじゃない、別にドラムがいなくてもいいじゃない”みたいな意識にまでは辿り着けなかったの。でも70年代になると、例えばドイツからTANGERINE DREAMやKRAFTWERKが出て来て。そういうのが励みになって、これでいいんだ、って思えるようになったわけ」

――もうひとつ気になっているのは、お2人で音楽を始めるにあたって、どちらかが異なる楽器でもよかったわけじゃないですか。
山下 「ああ」
井上 「うんうん、そうだね」

――それをあえてお2人ともシンセサイザーという形態にしたのも、ジャンルから外れる意図と関係があるんですか?
山下 「それは単純にCLUSTERとかTANGERINE DREAMとかの影響かな」
井上 「それもあるけど、最初に2人で即興演奏をやっていた影響もあるかもしれない。その頃は野外で演奏することが多かったんですよ。井の頭公園のはずれとか」

――西園ですね(笑)。
山下 「そうそう(笑)」
井上 「だから当然、電子楽器は持って行かないんですよ。僕は家が幼稚園なんで、子供が使うような木琴とか、赤ちゃんのガラガラとかね、そういうのを袋いっぱいに持って行って。山下さんは、何持ってきてたっけ?クラリネット?」
山下 「その頃はクラリネット持ってなくて、縦笛だとか、ウクレレだとか。あとオモチャのアコーディオンとかね」
井上 「ああ、紙で出来てるやつね」