INOYAMALAND

INOYAMALAND, 1983

――因果な(笑)。
山下 「その人が、熊楠の研究で有名な郷間秀夫さんだったの。ヒカシューから一番遠い世界に行ったはずなのに、そうやって引き戻されたというか。やっぱり逃れられないんだな、って思ったよ(笑)」
井上 「郷間さんは、熊楠研究の大家なんだけど、同時にジャーマン・ロックの研究家でもあったの」
山下 「彼からそういう手紙が来なかったら、何も知らずにいられたんだけど……(笑)。それから郷間さんとの付き合いが始まって。僕は研究会のほうは3年で卒業しちゃったんだけど、それから何年も経ってから“変形菌の世界”っていう展覧会の音楽を依頼されたんですよ。郷間さんから」
井上 「そうそう。郷間さんとの付き合いで生まれたんだよね」
山下 「僕が最も音楽から離れた世界に逃げていった結果、発生した仕事なわけ(笑)。国立科学博物館(東京・上野)でやった音楽で、30分くらい作ったのかな?」
井上 「うん」
山下 「会場でリピートで流すやつね。そしたら郷間さんが、すごく評判がいいからCDにしませんか?って言うんですよ。研究会の会員に売るから、って(笑)」
井上 「限定で作りませんか?みたいな話だったんだよね(笑)」
山下 「ちょうどその時、すごいタイミングで初めて永田さんが連絡してきてくれて。それで今があるわけ」

――重ね重ね、色んな偶然が続いているんですね……。2ndに収録されている楽曲以外にもクライアントワークはたくさんあったと思うんのですが、その音源は今はどうなっているんですか?
井上 「音源として発売するっていう項目が当初から契約の中にないんですよ。現場でどれくらいのスパンでどんな風に曲を流そうか?という、設計の段階から作り始めて納品する曲だから、はなからCDにするという発想はないんです」
山下 「そうそう。だから、ものによってはINOYAMALANDの音楽とはかけ離れたような曲を作ることもあるわけ。逆に言えば、INOYAMALANDではできないけど、ここではやっちゃっていいのかな?っていう。こんなことやってたの?ってびっくりするような、INOYAMALANDらしからぬ音も作ってたんですよ」
井上 「うん。伊福部 昭さんや武満 徹さんが、ご自身の純音楽では絶対やらないような遊びや冒険を、映画音楽では自由にやっていたような」
山下 「そういう発想はあったよね。自分の中では営業って割り切れるし、逆におもしろみがあるんだけど、それを音源として発表するとなると、ちょっと違うかな?みたいな曲がたくさんあった。でもね、それも30年くらい昔の曲なんで、今聴くと、まあ良いかも、みたいな気になってきて(笑)」
井上 「だんだん、良くなってくるよね(笑)。2ndにもそういう曲が入ってると言えば入ってるんですけど。あの中で覚えてるのは、宇都宮かどこかの駅前噴水のために書いた曲。何曲か入ってる。それくらいかな。あとはプロモーション・ビデオだとか、映像のために作った曲が多いかな。学研の『ムー』っていう雑誌のビデオ版の音楽なんかも何曲か入ってたりする」

INOYAMALAND '<a href="http://extrecordings.blogspot.com/2018/05/inoyamaland-music-for-myxomycetes.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">Music for Myxomycetes (変形菌のための音楽)</span></a>'
INOYAMALAND ‘Music for Myxomycetes (変形菌のための音楽)

――『ムー』のお仕事なんかもされていたんですね。
井上 「うん。『ゴジラ伝説』でお付き合いがあった東宝の映像事業部からお話をいただいて。後に“平成ゴジラ”シリーズの特技監督になった川北紘一さんが、当時そういうビデオの仕事をしてたの。それで“井上くん音楽やってよ”っていうことでやらせてもらったんですよ」

――『ムー』のお話が出てきたので少々お伺いしたんですけど、1995年にオウム真理教による“サリン事件”があって、その前後でニューエイジ的なものに対してかなり批判的な風潮があったと思うんです。
井上 「そうだよね」

――その煽りみたいなことってありしましたか?“シンセサイザー・ミュージック”とか“アンビエント”みたいな括りで。
山下 「僕らは全然なかったよね」
井上 「うん。僕らはニューエイジと呼ばれるものから距離を置いてたし、全然違うものだって僕ら自身も捉えてたから(笑)」
山下 「逆に、真面目なニューエイジの人からしたら、僕らはニューエイジに聴こえないんだよ。たぶんね」
井上 「そうそう。仲間に入れてもらえなかったの。僕があの一連の出来事ですごく残念だったのは、インド音楽をやっている友達が演奏の場を一気に失ってしまったこと」
山下 「ああ……」
井上 「僕が山下さんと知り合った頃の、最初のヒカシューの音源を、永田さんのレーベルから“PRE HIKASHU”っていう名前で出してるんですけど、あのメンバーの中にはタブラ奏者の逆瀬川(健治)くんだとか、シタール奏者の若林(忠宏)くんとかがいて。僕は彼からシタールを習ったりもしてたの。インド音楽は大好きだったんだけど……」
山下 「そうだね……。PRE HIKASHUは本当に本当のINOYAMALANDの原型だもんね」

PRE HIKASHU '<a href="http://extrecordings.blogspot.com/2019/02/pre-hikashu-1978.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="color: #ffffff;">House of Tenjo-Sajiki Live 1978</span></a>'
PRE HIKASHU ‘House of Tenjo-Sajiki Live 1978

――そうですね……。すみません、話を戻しましょう。山下さんが音楽への興味を失っていた80年代、井上さんはどうだったのでしょう。『ゴジラ』関連のお仕事からは熱意が感じられますが。
井上 「うん、既存の音楽に対する興味が失せるというよりは、伊福部 昭という存在が僕の中でどんどん膨らんでしまって、そのことでたくさん仕事を始めたものですから、他を聴く時間がなくなっちゃったっていう感じでした。伊福部さんの音楽を世に出すためには、どんな方法があるだろうか?って考えて、ありとあらゆる企画書を書いて、あらゆるレコード会社に持って行って、こういう全集を作りましょう、こういうオムニバスを作りましょう、っていうことをやってたのが、80年代後半から90年代にかけて。だから、僕もやっぱりその時代、バブル絶頂の頃の音楽っていうのは全く聴いてなかったんですよ」

――念のためお伺いしたいんですけど、そもそも伊福部がお好きだったんですか?ゴジラがお好きだったんですか?
井上 「ゴジラです。小学校の頃は怪獣映画を必ず観に行って、怪獣の絵をたくさん描いたりする子供だったんです。“伊福部”という漢字の読み方なんて、もちろん小学生だから知らないし。だから、伊福部 昭という人が音楽をやっていたというのを知ったのは、ずいぶん大人になってから。大学生くらいだったかな。それまで伊福部さんは、映画音楽を一切レコード化してこなかったんですけど、“もう映画音楽の仕事はやらないだろうから”ということで初めて許可して、1977年に1枚のLP(“日本の映画音楽”シリーズ『伊福部昭の世界』, 東宝レコード)が出るんですよ。ちょうど山下さんと2人で音楽を始めたばかりの頃に、伊福部 昭と再び出会ったんです」

――それはまたすごいタイミングで……。山下さんは、井上さんのゴジラ仕事をどう見ていらっしゃったのでしょうか。
山下 「僕は全然興味ないから。勝手にやってくれっていう感じ(笑)。僕は一切怪獣映画を観てなかったの。ああいうのが出てきたのは僕たちの時代なんだけどさ。たぶん。1952年くらい?」
井上 「最初のゴジラは54年」
山下 「54年か。僕は52年生まれだから、物心つく頃には怪獣映画たくさんやってたんだよ。でも全然興味なかった。大人の映画にしか興味がなくて」
井上 「(笑)」
山下 「子供の頃から大人の映画にしか興味なかった。高校生の頃にはピンク映画ばかり観てたしね」
井上 「すんごい詳しいよね(笑)!ピンクの繋がりで、ついでにATG(日本アート・シアター・ギルド)も観てたんでしょ?」
山下 「そうそう、ATGだったら18歳未満じゃなくても観られるんじゃないか?っていう」
井上 「あはは(笑)」

INOYAMALAND, 2018

――(笑)。お2人は本当にキャラクターが全然違いますよね。それがINOYAMALANDの中心にあるような気がしてきました。
井上 「僕は伊福部派だけど、山下さんは武満派だから。全く正反対(笑)」
山下 「そうそう。ある意味正反対なの。だから逆におもしろい」
井上 「僕は自分で聴いてこなかった音楽、未知の音楽っていうのは全部山下さんから教えてもらったからね。それまでイギリスのプログレ、カンタベリー周辺を熱心に聴いてたのが、山下さんと知り合って、ジャーマン・ロックなんかを聴くようになったり。TANGERINE DREAMとかはVirgin繋がりでいくつか聴いてはいたんだけど、CLUSTERやKRAFTWERKなんかを深く聴くようになったのは山下さんの影響なんですよ。山下さんに、ジャーマン・ロックの闇というか、奥深い底なし沼に引きずり込まれていくわけ」
山下 「あはは(笑)」
井上 「武満さんの良さっていうのも、山下さんから色々教わって。実はこういう曲も書くんだよ、みたいな。伊福部さんのことも、僕個人だけでは魅力を拡げることができなかったと思う。山下さんから教えてもらった反対側からの視点を通して、改めて伊福部さんの音楽を広く解釈できたんです。だからお互い、ちょうどいい位置関係にいたのかなって」
山下 「僕もゴジラをどこかで尊重してるし、井上くんも自分にない部分をどこかで尊重してくれてるんじゃないかな?っていうのは感じるしね。でも、最初からわずかに重なる部分があって。その部分だけで今までやってきたわけ。それが長々やってこられた理由なのかも。これがもし、ぴったりだったら、たぶんこんなに続かなかった」
井上 「僕もそう思う。違いから何かが生まれたりするしね。ちょうどいい距離、吉祥寺と湯河原くらいに。その距離の間に存在するんだな、INOYAMALANDって」

INOYAMALAND live schedule

RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 花紅柳緑

2019年4月20日(土) 東京 浜離宮庭園 19:00~
https://www.redbull.com/jp-ja/music/events/kako-ryuryoku/


INOYAMALAND CONCERT 2019 SPRING

2019年5月12日(日) 東京 渋谷 UPLINK FACYORY 19:30~
https://www.uplink.co.jp/
ExT Recordings | http://extrecordings.blogspot.com/