Interview | イ・ラン 이랑


システムがヘル、人は悪魔じゃない

 映画やドラマの監督を務める気鋭の映像作家としてのみならず、漫画家、文筆家、そして音楽家としても注目を浴びる韓国・ソウルはホンデ(弘大)のマルチ・クリエイター、イ・ラン(이랑, Lang Lee)。これまでに幾度も来日し、Alfred Beach Sandal、王舟、加藤りま、黒岡まさひろ(ホライズン山下宅配便)、柴田聡子らとの共演も続けてきた俊英が今夏、2012年のデビュー作『ヨンヨンスン(욘욘슨)』以来4年ぶりのフル・アルバム『神様ごっこ(신의 놀이)』をリリース。本国ではエッセイを収めた書籍にDLコードが付属する体裁で発売された同作は、エッセイの日本語訳ブックレットを同梱したCDフォーマットで日本盤も登場。併せて『ヨンヨンスン』も愛猫“ジュンイチ”に抱きかかえられる姿が愛らしい新たな装いで日本盤化されています。

 『神様ごっこ』ではチェロ奏者のイ・ヘジ、404(サーコンサー)のチョ・インチョル(dr)、SORIMUSEUM(소리박물관)のイ・デボン(b, key)、SUNKYEOL(선결)のキム・ギョンモ(vo)といった腕利きの演奏陣をフィーチャーし、ギター弾き語りメインとなっていた『ヨンヨンスン』以上に芳純な音楽性を披露。自身の経験が反映された持ち前のシニカルかつ率直でユーモアも溢れるリリックは、より人々の心を抉るものへと変化し、ダイレクトに涙を誘います。その涙は、傷ついて、苦しみ、怒り、泣きながら喜びを生み出そうと闘う等身大かつヒロイックなイ・ランの涙であり、あなたの涙でもある。その背後にあるものについて、イ・ランさんが日本語で教えてくれました。


 なお、ラストネームで“イさん”とお呼びするのが妥当と考えていたところ、韓国に“イ”姓はあまりにも多いため“ランさん”とファーストネームで呼ぶのが通例だそう。ランさん曰く「“イさん”て呼んだら課長も部長も社長も来ちゃうよ!」とのこと。自明だったらごめんなさい。会場でご本人を見かけたら、“ランさん!”と声を掛けてみてください。


取材・文・撮影 / 久保田千史(2016年8月)


――『神様ごっこ』、韓国で売切続出だそうですね。インタビューもたくさん受けたんじゃないですか?

 「うん。大変だったー。毎週あったよ」

――どんな媒体に出ることが多いんですか?ファッション誌にたくさん出ていらっしゃるイメージがありますけど。
 「ファッション誌は元々出ることが多かったから。わたし映画とかドラマも作るから、映画の雑誌も多いよ。あとは一般のニュース雑誌とか」

――すごいですね。
 「超人気者ですよ」

――(笑)。ではもう、いっぱい喋っちゃいましたね。
 「うん、色々喋っちゃってる。『ヨンヨンスン』の時は新人さんだったから、あまり喋ることがなくて“どんな人ですか~?”みたいな感じだったけど、今は新しいアルバムもエッセイもあって、何でこんな風になったかを時間かけて聞かれることが多い。2、3時間かけて」

――長いですね。
 「たくさん喋って、取材中めっちゃ泣いたよ。最近友達が自殺したことを話して、めっちゃ泣いたりしてた」

――その出来事も、今回の作品と関係があるからお話されたわけですよね。
 「うん。トラウマの話が増えたから。作曲を始めた22歳の頃はトラウマが2つしかなかったけど。家族のトラウマと恋愛のトラウマだけ」

――家族と恋愛ですか。
 「家族大嫌いで、逃げたの。10代の頃に。何もチョイスできない家庭で生まれて、辛くて。高校辞めてすぐに家を出たよ。恋愛は、付き合うことが続かなくて、何でや!とか思って。何で恋愛は終わるかな?とか(笑)。でも今20代後半になって、死ぬこととか、女性が働く辛さ、ミソジニー、暴力とか、日常にそういうことがどんどん増えて、自然に考るようになって変わった。トラウマがどんどん増えた感じ。例えば仕事する時、わたしは若い女性の監督だから、歳上で男性の助監督とか“何この子?”みたいになる。仕事が終わった時はみんなわたしを好きになるけど、始める時はみんなそう」

――映画の世界は男社会が根強いということですか。
 「映画の世界じゃなくても全部が男中心の社会だから」

――そうですね。それを強く感じるようになったんですね。
 「うん。大学生の時はわからなかった。仕事を始めるとどんどんわかるようになる。音楽もそう。30代以上になっても男性はバンドやったりするんだけど、女性はやらない感じ」

――30代になると女性はバンドをやめちゃうということですか。
 「30歳になって女性が音楽とかやってたら、みんな“何やってんの?”みたいな感じになる。それでも音楽を続ける女性は“ちょっと気が強い女”みたいに見られる」

――それは、韓国の古い女性観に基づいた考え方なんでしょうか。それがフツー、みたいな。
 「うん。一般的な。大学でがんばって勉強しても、卒業したら結婚して、仕事しない感じが多いんじゃない?だから、わたしが大学の時めっちゃ仲良しで、一緒に何かやりたかった友達が、結婚とかして後は全然何もしなくなって、わたしは傷つく。“あの時は趣味だったの?”って。わたしはいつも仲間が大事だけど、仲間がどんどんいなくなる。“今まで何をがんばって勉強してきたの?”って思うよ。映画でも女性の監督めちゃめちゃ少ない。スタッフも、エラいスタッフは全員男性。日本は違うの?」

――日本も男社会は根強いですけどね。でも活躍する女性もたくさんいらっしゃいます。女性の映画監督も昔より増えたと思います。
 「そうか。韓国だと、女性の仕事はメイクアップとか、服飾とか、そういう感じ。あとはどこに行っても男性中心の社会。それは大変。女性のバンドも少ないし。日本は違うの?」

――日本は音楽をやる女性、多いと思いますよ。
 「う~ん。だから、“新曲の部屋”っていうイベントをやる時に、困った。日本で“新曲の部屋”を観て、イベントをコピーして韓国でやることにしたんだけど、日本だと男性と女性が順番に出る感じ。韓国は女性1人であと全員男性。女性ミュージシャンがいない。いるにはいるけど、“かわいい猫と散歩しま~す♡”みたいな感じばっかり(笑)。おもしろい人はいなくて」

――そういう状況が不満なんですね。
 「うん。韓国のニックネームが“ヘル朝鮮”だって知ってる?地獄朝鮮。韓国はもうダメダメで、色んなことがヒドいから、めっちゃ頭が良くて才能がある人はみんな外国に行っちゃう。友達が留学とか行くから、わたしも本当に力がなくなるよ。なんでや……」

――そうなんですか……。ぼんやり韓国の外側にいる僕から見ると、音楽に関して言えば、K-POPなんて華やかで、元気で勢いがあって、すごいなーって思っちゃいます。
 「韓国では、みんなK-POPのアイドルだけ見て逃避してる。本当はヘル朝鮮なのに。アイドルみんな、かわいくて、かっこよくて、めっちゃがんばってるじゃん。その裏側は全部ヘル朝鮮。グワ~(笑)。みんなアイドルを見ながら生きてる感じ」

――アイドルの皆さんも、実際は相当過酷だって聞きますよね。
 「うん。めっちゃ大変だよ。アイドルと仕事することがあったんだけど、27歳くらいの子なのに、全然、何も知らないの。周りにはスタッフが7人くらいずーっと一緒にいて、話もできないし。家にもマネージャーと一緒に住むから、外のことを何も知らなくて、小学生みたいな感じ。今どこに行くか、明日何するかも全然わかってなくて、ロボットみたい」

――なんだか可哀相ですね……。
 「めっちゃ可哀相。でも、みんな自分を守ることで精一杯だと思うから。わたしは今がんばってるけど、友達が遠くに行ったり、自殺したり、辛いよ。韓国は自殺率1位だから。世界の中で。若い人が自殺するの。でも何で自殺するかも十分理解できる」

――自分でも考えたことがあるってこと?
 「めっちゃ何回もあるよ。自殺しようと思って薬飲んだりしてたよ。失敗したけど」

――失敗して良かったですよ。本当に。
 「失敗した時の話しようか(笑)?」

――うう……。
 「あはは(笑)。みんな元気で明るいアイドルとか見て、自殺したいとか、辛いこととか、本当の話は地下に隠してる。地上は楽しんでいるフリ。だからどんどん大変になるんじゃないかと思って。だからわたしは友達に、自殺したい話フツーにするよ。どうやって自殺しようかな?とか。そういう会話ができる人に話すと楽になる。“そんな話しないで!”とか“バカ!”とか言われたら、もっと悔しくて、もっと自殺したくなる。『神様ごっこ』を作る時、みんなそんな気持ちで生きてるんじゃないの?と思って」

――ランさんの音楽自体は、楽しい曲が多いです。その中に、辛いテーマをあえて内包しているということなんですね。
 「うん。わたしはフツーにギャグが大好きだから、自殺したいとかの話をする時もギャグばっかり。例えば映画でも、寂しい、切ない主人公が泣いているのを撮っても、お客さんは寂しくならない。全然、失敗。だけど、人生めちゃくちゃなのに笑ってたら、お客さんは泣くよ。わたしの音楽でも、死にたい!って見せたら、お客さんに伝わらないよ。だから、作品を作る時はそれを計算するのが大事。それはフツーに考える」

――もっと直情的に作っていらっしゃるのかと思っていました。伝わり方を考えて作っていらっしゃるんですね。
 「うん。気持ちはダイレクトだけど。最初作る時だけはひとりで泣きながら作るし(笑)。それを見せるために、もう1回歌って、またもう1回歌って、どんどん構成を考える。どの楽器を使ったらちゃんと伝わるか、とか。だから、出来上がった曲を自分で聴いてもわたしは泣かないし、何の感情もないよ。検索とかで反応を見て、みんな“泣いた”って言ってたら、よく出来たって思う」

이랑

――そうやって特定の感情を組み立ててゆく感じは、手法としては映画を作るのと似た感覚なのでしょうか。
 「そうそう。映画は、マルチアートでしょ?音楽、音響、美術、色々やって見せるものだから。わたしが撮った映画の編集とかミキシングの時は、ここでこのサウンドが入ってきたら、こんな感情になるんじゃないの?とか考える。楽器をチョイスする時も同じ。ここはチェロやろか、ベースやろか?ピアノやろか、シンセサイザーやろか?拍手やろか、コーラスは何人やろか?とか。わたし頭が良いから(笑)」

――頭が良いから(笑)。
 「そうそう。わたしが一番天才なの。韓国の女性の中で(笑)」

――(笑)。でも本当にすごいアルバムだと思いましたよ。今おっしゃっていたように、映画やドラマも作ってっしゃることが、今回の作品にはすごく良く出ていると感じました。
 「ありがとう~。よかった」

――今回は、前作と違って色んなミュージシャンが参加しているのが特徴的ですよね。
 「うん。今回も作曲からデモ作りまで全部ひとりでやったんだけど、それをレーベルに送ったら、社長さんがリアル楽器で録音するほうが良い、って。わたしGarageBandで作るから。GarageBandの中にいるドラムとかチェロ、フルート、ピアノとかで、全部なんとなくの感じでデモを作ったけど」

――でも、デモの時点でそういった楽器を入れることは考えていらっしゃったんですね。
 「うん。がんばったよわたし。マスター・キーボードでチェロとか入れて。それで満足してたけど、わたしはGarageBandじゃない本当の音を知らないから、社長さんがリアル楽器で録音しようって言い出して、なんでや?って思って(笑)。時間もかかるし、誰とやるかも難しいじゃん。だからう~ん……てずっと思ってて、結局社長さんが人を選んで録音したよ。聴いたらびっくりした。全然違う(笑)。リアル楽器の人は天才かよ!って思った(笑)」

――あはは(笑)。演奏のメンバーはご自身ではなくて、社長さんが選んだんですね。
 「そうそう。ドラムの人は元彼なんだけど(笑)」

――えっ!そうなんだ……。
 「うん。彼氏だったよ(笑)。ベースの人とチェロの人は社長さんが探してくれた。初めての人と会って、一緒にやったら、エネルギーがばっ!って出て、めっちゃ楽しい。前は人間材料があんまりなかったから、ひとりでマスター・キーボードと一緒にがんばってたけど(笑)。映画も最初は全部ひとりでやってたけど、今は色んなところからお金をもらって作るから、初めての編集監督とか、ミキシング監督とか会うよ。先月ドラマのミキシングをした時に、わたし、生きててよかったです、ってミキシング監督に言って。その人と仕事して、めっちゃ生きてて良かったと思った(笑)。神様ですか!みたいな。本当上手で、びっくりする。その人は、今までがんばって仕事してきたからそうなったじゃん。チェロとかもそう。ほかの人と会ったら全然違う。楽しい」

――そういうところに、希望を見出したりはしないんですか?
 「そうだね。友達がいなくなっても、新しくエラい人と会うと、その人とやりたいな、って気持ちが出るから。ちょっと治った。でも寂しい。監督さんたちとか仕事で会う人は、友達ではないから。みんな忙しくて仕事ばっかりしてるし、わたしもめちゃくちゃ忙しくて、余裕作って会うことがあんまりできない。仕事でまた会って、楽しめるけど、友達じゃないのはちょっと寂しいなって思う」

――本当は友達とできたらベスト?
 「うん。最近死んだ友達は14年の付き合いだったから、14年分のギャグが通じたけど、新しく会う人は今から作るじゃん?それを作る力もあんまりないし。わたしも今仕事ばっかりだから。大変だ」

――それ聞いてると辛いですね……。
 「だけど、音楽作ったら楽しいし、録音したらまた楽しいし、映画作る時も楽しんでる」

――それは、完成するのが楽しい?それとも過程が楽しい?
 「過程。だからこのアルバムが出る時も、全然楽しみじゃなかった。完成すると無感覚になる。『ヨンヨンスン』が出た時もそうだったし、映画が公開される時も全然何も感じなくて。作るプロセスは全部楽しんでたけど、みんなはそれを全然知らないじゃん。だから出来上がった気持ちより、その前のほうが全然楽しい」

――そうなんですね。僕だったら、もしこんな素敵な作品がこう、パッケージになって売られているのを見たら、嬉しくなっちゃうと思う(笑)。
 「全然。デザイナーさんと、本にすることを考えていた時のほうが全然楽しい。見るより、考える時のほうが、やったー!みたいな感じ。天才じゃん!みたいな。チェロの人とやった時にびっくりして泣いたり(笑)。“平凡な人”の歌(『神様ごっこ』収録)あるじゃん?最初にドラムを録音して、それを聴きながらギター弾いて、歌ったんだけど、ドラムの録音の後に彼氏と別れたよ。わたしは別れた彼氏のドラムを聴いて録音するから、寂しくて泣いて(笑)。歌の歌詞も、“わたしが愛する家族を探す”とか歌うから、ドラムの録音の時のことを思い出して泣いて歌って。後で聴いたら、鼻をすする音とか入ってて、ミキシングの時に社長さんがキタネ~って言って消したりした(笑)。そういうのとかめっちゃ楽しい。綺麗になってから聴いたら、良く出来たな、って思うだけ。作るの時はめっちゃ色々あるけど。〈世界中の人々が私を憎みはじめた〉の曲も、インプロヴィゼーションでやって、ワンテイクで完成になった。チェロの人は天才で、わたしも天才。韓国インディ・ミュージック・シーンの歴史的な瞬間だよ(笑)。朝2:00とか3:00くらいで。終わって煙草吸って。周りが静かなホンデの中で」

――録音された雨乃日珈琲店とは、どんなご関係なんですか?
 「雨乃日珈琲店は、清水さんていう人が夫婦でやってるコーヒー屋さんなんだけど、わたしが日本に初めて来たきっかけが清水さん。清水さんはイ・ランの歌が好きで、自分の結婚式のパーティに招待してくれたの。その時に、せっかくの良い機会だからって、友達が金沢と松本、東京でライヴ作ってくれたの。清水さんが日本に行くドアをオープンしてくれた。めっちゃ楽しかった。テンションめっちゃ上がったよ。その時は日本語全然わからなかった。『スマスマ』観たから、“オーダー!メイン料理とチョコレートのデザート!”は言えたけど。日本で友達と出会って、めっちゃ喋りたくなったから、帰ってから勉強を始めたよ。留学した友達が教えてくれて。今はすごいペラペラ。でしょ?」

――うん、すごいと思います。
 「日本語でインタビューするとか、すごくね?」

――すごくね?って(笑)。やっぱ天才ですね!
 「あはは(笑)。でもインタビューやってる時は楽しいけど、後で読んだら、ふぅ~ん、な感じ」

――(笑)。
 「何でもプロセスが楽しいんだと思う」

이랑

――でもそうかもしれない。僕も自分で書いた原稿って、後からほとんど自分で読まないし……。
 「そっかー。わたしが書くことは映画だと台本だから、めっちゃ読まないと仕事ができない。撮影監督も、美術監督もそれで仕事するから。書く時は色んな気持ちで泣いたり笑ったりするけど、スタッフのみんなに説明する時は説明会みたいになる。設計図とか、ロボット掃除機の箱の中に入ってる取扱説明書みたいな感じ」

――音楽も、言わばそういう風に作ってるわけですよね。なんだか不思議な感じです。
 「わたしは全然音楽わからない人だから。ギターのコードも全然知らないし」

――でも音楽というアートフォームが好きだからやっているんですよね。何か好きになるきっかけがあったのでしょうか。
 「特になかった。友達と遊びながら、なんとなく作って。最初に作ったのが〈緑茶ください〉だったよ。わたしの歌はそんな感じだから。フザけて、きのう観たドラマのストーリーをギター弾いて歌にしたり。誰と誰が会って、何かあって関係が変化して、どっか行っちゃって~、みたいな。それを友達に聴かせると、友達も返事をギター持って歌ったり。それで笑って、天才だ~!ってなる(笑)。Amature Amplifierの人(Yamagata Tweakster)が、わたしの行ってた学校のアシスタントで。あの人も映画監督になりたかったから、映画科のアシスタントやってて。学校のフェスティヴァルとかでAmature AmplifierRやってるのを観て、おもしろかいから歌おうと思ってカヴァーするようになったり。1曲作ったらすぐメールで周りの友達全員に送ってた。作って、録音して、送って、答えが来るまでちょっと待って、返事が来たらおお~!ってなる(笑)」

――フリースタイル・バトルみたいだね(笑)。
 「あはは(笑)。全部遊びながらだよ。クオリティのことは全然考えなかった。だから、韓国でイ・ランの音楽の良くない話をする人は、いつもそれだよ。クオリティが良くないとか、ギターの演奏が下手とか。わたしそれ全然考えたことないの(笑)。巧く弾きたいとか、全然興味ないから」

――でも『ヨンヨンスン』の時と比べると、格段に上手になってますよね?
 「本当?残念(笑)!練習も全然してない。ライヴがあったら、その前に1回くらい。ライヴもセットリスト考えなくて。サイコロで決める。サイコロの数字でアルバムのトラックリスト見て、歌うのが難しい曲だったらまたサイコロ振って、うん、オッケーです!みたいな。だからライヴも全然しないよ」

――でも以前、2013年かな?初めてライヴを観て、良いなあと思ってすぐCD買ったんですよ。
 「ありがとー!わたしはライヴの時、曲を完璧に見せることより、MCめっちゃ考える。どのウケる話しようかなあ~って(笑)」

――ウケる話ね(笑)。
 「バカなの~」

――バカじゃないですよ(笑)。音楽やって、漫画描いて、映画もドラマ作って、大忙しじゃないですか。
 「先生もやってるよ。仕事しかすることがない」

――休日はどんなことしてるんですか?
 「お休みはほとんどないよ。3週間全然お休みがなくて、1日だけ休みとか。そういう日は自分の仕事場に行って座ってる(笑)」

――座ってる(笑)。
 「うん(笑)。仕事場は8人で一緒に使ってて、わたしと、わたしの映画の先輩と、小説家のお姉さんと、アプリ作るプログラマーの男の子もいて、デザイナーさんもいて、詩人が2人いて……」

――そんなに多彩な皆さんがいらっしゃったら、色々なことができそうですね。
 「でも全然一緒には何もしない(笑)。みんな別々に座って、たまに真ん中のテーブルでカードゲームする。みんなけっこう有名な人たちで、雑誌のインタビューとか受けるような人たちだから、みんな検索したら出てくる。でもみんなフツーにボサボサで座っている。わたしも今日は化粧したけど、普段はボサボサでスッピンで座ってるから、化粧して仕事場に行ったら、みんな“何してんの?”とか“人間になった!”とか言うよ。みんな大学とかで先生もやってるから、週に1、2回は化粧とかイヤリングとかして、ジャケットとか着て、みんな人間になるよ」

――(笑)。ランさんはどんなことを教える先生なんですか?
 「わたしは映画の作り方と曲の作り方を教えてる。小中高校生から大人の人まで全部教えてる。小学校に行ったり、大学で教えたり。教えるのが上手で人気のティーチャーだから、色んなところで先生やってくださいって言われるよ(笑)」

――教えるの楽しいですか?
 「あんまり。本物の小学生の先生とか見てると、わたしの仕事じゃないって思うし。本物の先生は、子供たちに教えるのを本当にがんばってる。わたしは、教えるのが上手な自分だけで満足(笑)。わたし天才だなあ!の感じで。だから長い期間教えることができない。本物の先生は、子供たちがうるさくて、雰囲気が悪かったら、“はい!みんな!”とかやるじゃん。わたしは全然やらない。インターネットで検索させたら、わたしの名前出るじゃん?こんなに有名な人なのに、時間もったいないしぃ、全然教えたくないんでぇ、って言っちゃう。あんたたち、Twitterのフォロワー何人いるの?みたいな(笑)。」

――超エラそう(笑)。
 「そうすると、子供たちびっくりして、真面目になるよ。本当は、教えないとお金もらえないし、どうしよう、って感じだけど、余裕な感じで(笑)。次の週行ってもちゃんとなってるし、わたしが学校から帰る時はみんな窓からわー!イ・ラン先生~!ってなるよ。絶対人気だよ。子供は、ネットで検索して出てくると本当に有名人だって思うから。アイドルみたいな(笑)。検索して、“先生Wikipediaに出てますね!”とか。子供たちはそれを覚えて“イ・ラン先生は1986年生まれ、デビュー・アルバムは2012年の『ヨンヨンスン』”とか言ってくる。よく覚えたね~って褒めるよ(笑)」

――なんちゅー先生だ(笑)。収入源はその、先生の仕事がメインなんですか?
 「お金は授業があると安定するけど、だいたい不安定。あとは本を契約したり、監督の給料とかもらったりする」

――Yamagata Tweaksterではダンサーもやっていますよね。ミュージック・ビデオもRosasみたいなコンテンポラリー・ダンスを取り入れてたり。
 「うん、新しいビデオもダンスだよ。芸術大学だったから、興味があったらすぐ勉強ができる。わたし最初2、3年くらいは映画にあんまり興味がなかった。イ・チャンドン監督が好きで入っただけで。だから他のみんなとテンションのギャップがすごくて。みんな“映画っ!!!!!”みたいな感じなんだけど、わたしは“映画……”みたいな感じで、ずっと専攻じゃない勉強をやってたよ。韓国伝統舞踊とか、現代舞踊とか、お芝居とか、美術とか、アニメーションとか、全部。色んなクラスをやって、大学3年生になって映画に興味が湧いた。それまでやっていた全部を混ぜて出来るのが映画だって。映画エラいな~って。映画やったら天才になるよ、って思った。わたしが天才なことを映画で見せる!音楽だけだと、映像はないからね。だからビデオ作るの楽しい」

――じゃあ例えば、ミュージック・ビデオの拡張版みたいな感じで、アルバムの収録曲を映画にするとか、そういうことも考えたりします?
 「ああー。わたしが作るものは、エッセイとか歌の歌詞とか、映画の台本とかも全部同じことから始まるけど、最初からジャンルのチョイスはしない。それがどうなるかは最後に考えるから」

――最初に思いついたものが、どれかになっていくんですね。
 「そう。だから、わたしから見たら全部ひとつに見える。たまに、全部同じじゃん、全然おもしろくないな、って思ったりする。漫画も、歌も、エッセイも、イ・ランて全部同じじゃん、てみんな思うかな?って。全部同じなのに何で別々にやるの?って」

――色々なメディア / フォーマットで実験している感じなんでしょうか?
 「あんまり考えたことないよ。始まりは同じだけど、構成の仕方のレベルが違うかな。曲を作るの時は日記みたいな感情で、あんまり構成を考えない。映画はもっと構成のレベルが高い。材料は同じなんだけど、構成をどれくらいやるかで変わってくる。時間のかけ方も違うじゃん?歌は15分で完成できる曲もあるけど、アルバムを作るためにはがんばってミキシングとかもやったり。映画はもっと時間がかかるし。漫画は音楽と映画の中間くらいかな」

――漫画の鳥の絵、すごくかわいいですよね。
 「鳥が好きです。何で鳥が好きかは4コマ漫画に描いたけど読んだ?アヒルは水面ではめっちゃ余裕だけど、水の下ではめっちゃがんばってるじゃん。それが好きで(笑)。それ、わたし。中ではめっちゃがんばって色々考えてるけど、外は何ででわたしこんなに天才?みたいな(笑)。そんな感じ」

――その感じ、先程の韓国の話にも置き換えられそうですよね。外から見るとめっちゃ元気だけど、水面下は地獄っていう。
 「ヘル朝鮮。“ヘル朝鮮のシンガー・ソングライター”ってちゃんと書いておいてくださいよ。わたし今、女性の漫画家と2人で『ヘル朝鮮ガイドブック』っていう本を書いてる最中だよ。色んなところを旅行して、そこがなぜヘルかを説明する本。わたしとのその子のキャラがいるんだけど、2人とも韓国でがんばって生きても大変だから自殺して、地獄で出会うよ。神様に“何でそんなに美しい国で自殺してきたの?”って言われて、“いえいえ、全然ヘルでして、わたしたちが証明します!”ってまたヘル朝鮮に戻って、証明するために行ったり来たりする漫画だよ」

――ヤバそうですね。
 「ヤバい。最近はそのために1ヶ月に1回旅行しに行ってる。行って、見て、ああー、ここがヘルだって調べる。韓国は外国人だけ入れるカジノがたくさんあるんだけど、江原ランドっていうカジノだけは韓国人も入ることができる。そこでみんなめちゃくちゃになるよ。江原ランドの周りは自殺した人が残した車ばっかり。めちゃめちゃ自殺が多いよ。行ってみたら、映画で知ってるような綺麗なカジノの風景じゃなくて、みんなボロボロの服で、臭くて、おじさんおばさんばっかり。みんな無表情でお金めっちゃ出して、なくして、自殺する」

이랑

――それはヘルだ……。
 「うん。めちゃくちゃヘル。江原ランドの名前は、江原道っていう地域だから付いてるんだけど、道民は1ヶ月に1回しか行けないの。江原道民が行けたら、江原道全部が崩壊するから。だけど江原道民は住所とかをウソついて行くから、江原道民ばっかりいる。けっこうソウルから遠いから、結局江原道民ばっかりカジノ行って、江原道は終わった。『千と千尋の神隠し』に出てくる都市みたいな。お店も全部閉まってて、暗くて、誰もいなくて。カジノの中に入ると、その日は4,000人以上いたよ。夜中に。外は真っ暗で何もないんだけど。みんな無表情で、静かで、マシンの音だけ。めっちゃヘルです。そんなところに行って、ヘル朝鮮の説明するよ。ヘル朝鮮ツアー」

――そうなんですね……。隣の国なのに、知らないことたくさんあるなあ、って思います。
 「たぶん日本もそうでしょう?」

――うん、ヘル日本たくさんありますね。
 「わたしたぶん、日本で生まれたらヘル日本の本作ると思う。超楽しい~!はちょっとウソじゃないかな?と思って。本当のヘルのことを、ちゃんと話して、それから楽しい気持ちになれるんじゃないのかな。元々みんな人生辛いし、大変だから」

――マイナスからだから、伸び代はたくさんあるということでもありますよね。
 「そうそう。ちゃんと話したら、めっちゃウケるじゃん。結局カジノでも、わたしめっちゃ楽しんでた。めっちゃイイおじさんと出会ったり。めっちゃ臭いんだけど、わたしみたいなカジノ処女のこと守ってくれるし、めっちゃ優しかったよ。でもカジノ依存。だから結論としては、システムがヘルなんだって思ったり。人は悪魔じゃない。人はみんな可哀相で、結局は国とか、政治とか、教育とか、システムがヘルで、人が死にそうになる。ヘルなところに行っても、みんな優しい」

――そこは哀しいと言えば哀しいし、希望と言えば希望ですよね。
 「そうだよ。そういう話は、友達にしか言えないじゃん?でも作品とか作ったら、もっとたくさんの人に見せることができるから。みんなが読んで、聴いて、泣いたかどうか聞いたら、楽しい。安心する。“サインしてくださ~い”って言われたら、“自殺しないで”って書くよ」