MASONNA

MASONNA

――MASONNAのライヴは文字通り捨て身ですよね。
 「今よりは捨て身でしたね、20代の頃は(笑)。当時はヒドかったですね」

――そのスタイルで初めてパフォーマンスをされた時の反応は、いかがでしたか?
 「う~ん、自分では分らないから……(笑)。結局自分のことは自分で生で観てないじゃないですか。いくらビデオ撮ったやつを後で観ても、違うと思うんですよね。その場にいるのとは。幽体離脱して観てみたいんですけどね(笑)」

――そうですね(笑)。では当時、山崎さんから観て圧倒されるパフォーマンスをされていた方というと?
 「あ~、どうなんだろう。ライヴ自体あまり観に行ったことがなかったんですよね。ライヴハウスもほぼ行ったことがなくて。どうなんだろうなあ……。ライヴあんまり観に行かない派なんで分らないですね(笑)」

――そうなんですか。何故あまりライヴに行かないのでしょう。
 「う~ん、最初はライヴハウスの近くに住んでなかったからじゃないですかね。後はまあ、何でだろうなあ……。なんか、決められた時間に行くのが面倒臭いんちゃう?そういうのがあるのかな。すごい期待してるんだけど、近づいてくるとだんだん面倒臭くなってきたりとか(笑)」

――なんとなく分りますけど(笑)。今もあまり観に行かれないのですか?
 「うん。でもCRAMPS観に行きたかったなあ」

――CRAMPSお好きなんですね。
 「うん、好きなんですけどね。観に行けなくて。まあ、この話はヨシとしましょうよ(笑)」

――はい(笑)。そうしてMASONNAと言えばあのライヴ、というスタイルが確立されたわけですね。
 「そうそう。色々あってああなったんですよ。一番よく聞かれるのは“何分やるんだ”とかそういうことなんですけど」

――短時間で終了するライヴは、半ば名物みたいになってしまっていますものね。
 「うん。それもね、レコーディングの方もだんだん進化していって、Alchemyから出した頃からかな、カットアップっていうか、編集技術が細かくなっていくんですよ。嫌な音を全部カットしてるんです。ものすごい細かく編集して、無駄な部分をどんどん外していくっていうか。極端にそういう方向で作品を作っていくようになるんですね。だからライヴでも、長くやるとどうしてもテンションが弛む部分、ダラける部分が気に入らなくなってきちゃって。ものすごいスピード感を追求するようになっていくんですね。超高速の切り替えしで。ダラけた部分をナシにしていくと、短くなっちゃうんですよね。頭からトップスピード入って、落ちる前に終わっちゃう勢いで」

――いきなりトップスピードに入るのって、意識的に難しくないですか?
 「大丈夫です。今はもう1、2、3のカウントで入れるんで。長くやろうと思ったら、イントロを付けたりしなきゃいけなくなるけど」

――そういう体裁を採ろうという気持ちはないんですよね。
 「ないです。ライヴはワビサビとかじゃなくて、まあ、サビばっかりっちゅうか(笑)。徹底してやりたいな、っていうことでやってるんですよね、今まで。年齢と共に体力は変わっていってると思うけど(笑)。超高速で頭から最後まで」

――イロモノ的に見られてしまう部分もありますよね。
 「そうなんですよ。理論的にというか、ちゃんと理由があるんですよ。MASONNA美学みたいなもんが。やっていることにはすべて理由があるんだっていうこと。わざと長くやるとか、わざと短くやるとかじゃなくて、やりたいことをやるとそういう風になるっていうか。コンセプト的に絶対落ちたらあかんから。突っ走らないと」

――その高速感は先ほどもおっしゃっていたようにグラインドコアの成分なのでしょうか。
 「たぶんそうですね」

――今でもグラインドコアは聴かれるのですか?
 「今は聴かないですね(笑)。ハードコアは聞くけど。でもやっぱり、90年代は海外からものすごい沢山手紙が来ましたね。まだメールがない頃ね。昔は手紙やったんで。日本でリリースされたものは輸出されてるし、海外のレーベルからも出してるから、コンタクト・アドレスで書いてあった家の住所に毎日のように手紙が来てて。ほんでメキシコかどこかから手紙を送ってくれた人がめっちゃグラインド好きな人みたいで、“ドラムが聴こえないくらい速かった!”とか書いてあったりして(笑)」

――それはなんだか嬉しい感想ですね(笑)。
 「うん。面白いなあ、って思った(笑)。そういう風に聴いてくれてるんだなあ、って。もしかしたら1人でやってるって思ってなかったりするかもしれないですよね」

Inner Mind Mystique
MASONNA ‘Inner Mind Mystique’, 1996 Release Entertainment / Relapse Records

――90年代中盤から海外のリリースがどんどん増えていきますが、それもそういったやり取りの中から生まれたものなのですか?
 「うん、そうですね」

――その頃から作品のテイストが少し変わってきますよね。
 「そうですね、作品的には途中からサイケデリックの要素が増えてきて。普段はサイケデリックばっかり聴いてたんで。MASONNAやり始めるとノイズのレコードはあんまり買わなくなっちゃって。そういうテイストはジャケットなんかにも入ってきてると思うんですけど」

――サイケデリックというとどのあたりのものだったのですか?
 「60、70年代ですね。昔のね。ファッションとかも含めて。ショップもやってたから、サイケのレコードとかも仕入れたりしてたんで。アシッド感みたいなものを入れることが多かったですね。例えばHUNGERっていうサイケデリックのバンドだと、ヴォーカルの語尾にディレイをかけたりするんですよ。そういうのに影響を受けてると思うんですけど。MASONNAも語尾にディレイが残してみたり」

――サイケデリック方面に行くきっかけみたいなものがあったのでしょうか。
 「ひとつの出会いがあったなあ。ノイズの後に、ジャンク・ブームみたいなものがあったんですよね。BUTTHOLE SURFERSとか、PUSSY GALOREとかね。BUTTHOLE SURFERSはかなりサイケデリックなテイストだったから、それも関係してると思うんですけど、アメリカのアンダーグラウンドなジャンクをすごい聴いてて。大阪に、それもまた『FOOL’S MATE』の広告で知ったんやったと思うんですけど(笑)、大阪でDavid Hopkinsさんていう人がやってる通販屋があったんですよ。Davidさんはアメリカ人なんですけど、日本の大学で講師をやっている人で。夏休みにアメリカに帰ったら、現地で買ってくるんですよね。アンダーグラウンドなジャンクを。それを持ち帰って通販カタログ作って、売ってたんですよ。学校の先生が。その人のところで結構通販をしてて、まあ電話受付やったんで電話で喋ったり(笑)。それで何回か利用してると、オマケのレコードをくれるんですよね。その中に、THE NUGGETSっていうガレージとか、THE MUSIC MACHINEやTHE SEEDSなんかの60年代の基本的なサイケデリックのバンドが入ってるコンピレーションなんかがあって。そういうのを聴いたんと、BUTTHOLE SURFERSの流れから興味が湧いたんかな。それとまあ、カルチャー的なものも好きになって。ベルボトムとか、柄シャツとか(笑)。全体的に好きになったんですよね。ライヴでベルボトム絶対履くし。まあ普段もやけど(笑)。あと色使いとか」

――グレースケール使いの多いパンク / ハードコアから、そこに至るというのは面白いですよね。
 「色々変わってきますよね。パンクがあって、ハードコアとかポジパンがあって、『FOOL’S MATE』を読み出して、Trans Recordsから出てるものを聴いたり。YBO²好きやから実験的なロックも気になって、ちょっとプログレとかも聴くようになって。だんだん聴くものが古くなっていったんですよね。でも、東京にあるModern Musicにしても、NEdSとかにしても、ノイズも扱ってるけどサイケデリックも扱ってるじゃないですか。やっぱり繋がってる感じしませんか?どっちもアンダーグラウンドな、一般的な感じじゃないからかも分らないですけど」

――そうですね。60、70年代の録音の空気感というか、そういうものはかなり通じてる感じがしますよね。
 「そうそうそう。右のスピーカーからヴォーカルだけ出て、逆からは楽器だけとか、めっちゃかっこいいですけどね。何と言うか、当時の空気が感じられるものが好きなんですよね」

――当時の音って、現在では再現不可能ですもんね。今全く同じ機材で同じように録音したとしても。
 「そう。今同じようなことやっても違うんですよね。空気が入ってないんですよね、当時の気配が」

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