蓮沼執太 / 蓮沼執太フィル

蓮沼執太 / photo ©Takehiro Goto 後藤武浩

――えーっ、そこまでプレイヤーのことを考えてくれるコンポーザーって……他にいるんですかね?
 「いると思いますよ」

――でも、“自由にやってください”が搾取に価するって考えられるというのは、良いコンポーザー、良い関係性ですね。
 「複数の人間でものを作り上げる時に、搾取にならないように、注意深く制作を進めていくのには意識的です。もちろん人数が多くなればなるほど、難しい作業になっていきますよね」

――そうなんですね。それによって蓮沼執太という人物よりも曲や演奏が先行している部分と、逆に蓮沼執太という人物がクローズアップされる部分が並走しているような気がしておもしろいです。
 「ああ。特に蓮沼フィルでは、僕の名前に“フィル”が付いているんですけど、できる限り自分が中心にいない方法を考えたりしています」

――蓮沼さんは、ご自身で作曲された曲について、“蓮沼執太の作品です”というシグニチャを欲するタイプ?それとも個を消して作品のみでの評価を欲するタイプ?
 「う~ん……まず、前提として名前が“残ってしまう”っていうのがありますよね。残ってしまうし、仮に名前を入れなくても、その音楽が流れた時に残り香みたいなものが入っていればいいかな、と思うタイプですね。例えば武満(徹)さんの音楽を聴いていて、あっ、これは武満トーンだ、と思うような感じ。ずっと同じ機材だけを使って、いつまでも変わらない作品を作り続けていく作家ではないですね。その時々の自分の関心だったり、世界の変化に合わせて作品をどう作るのか、というのが僕の活動です。その上で、独りで作った電子音や生演奏でのフィルであっても、一貫した残り香が生まれるといいなと思っています。それが“蓮沼印”みたいなものにならなくてもいいですね」

――蓮沼さんの手を離れた楽曲が、他人の手で演奏されても“蓮沼印”だと確認できるかどうか、フィルで実験しているとかは(笑)?
 「ないない、そんなの全然実験していないです。すごく正直なこと言うと、僕がソロで作った音楽は、完成した瞬間に全く聴かなくなっちゃうんですよ。完成までにはたくさん聴くんですけど。でも、U-zhaanと一緒に作ったアルバム『2 Tone』は、完成した今でも聴けるんです。それはたぶん、U-zhaanの成分がアルバムに半分あるからだと思うんですよ。フィルに関してもずっと聴ける。つまり音盤に自分の要素が少ないと聴けるみたいなんです。自分印100%の音楽は完成した後はもう聴けない。フィルだと16人分のメンバーの要素が入ってると思っているんです。メンバーによっては、“ミュージシャンとして音源に参加した”くらいの気持ちで思い入れもないかもしれませんけど(笑)。それでも僕としては16人分の顔が見えるようなアルバムを志して、自分もその1/16だって思えるんです。自分のソロアルバムだと、完成したと同時に作品が親元を巣立っていくような気持ちになるんですね。なので、そもそも作品と自分が切れてるんだと思います」

――例えば、ある種の民謡みたいに、テキストでは作曲者のシグニチャが完全に喪失している音楽ってあるじゃないですか。それが口頭伝承だったりするわけです。つまり旋律だけが残るわけですよね。近年の蓮沼さんのモードが、『メロディーズ』にせよ、フィルにせよ、旋律を主体にした音楽になっているのは、そういう存在への憧憬もあるのかな、って気がして。
 「なるほどね、そうですね……。そうなればいいな、っていう部分もありますけど、まだできていないとも思っています。旋律を主体とした音楽作曲という視点では、口頭伝承で引き継がれていくという考えよりも、演奏家の各々が主旋律を持つことで音楽的な主役を作らない、という意味合いが込められています。メロディやリズムの複雑さの追求だったり、既存の音楽の文法を壊して新しい音楽を作ることが目的ではないんですよ。空間の中にどう音響的な奥行を出していくか、っていう面も大切にしています。今考えられる録音芸術、記録される音楽の一番先頭に立っているようなものであるように、と意識しつつも、その音楽自体は、文脈・歴史のある一点での“今”だという認識で作っています。ただ新しさを追い求めているのではなくて、自分の音楽が過去に作られた音楽とどう繋がっていくのか、みたいなことのほうが意識しています。これは音楽だけではなくて、自分が作る作品全般に言えることです。過去へのリスペクトがあるからこそ、新しい音楽を作る気になるわけです。今って、昔の音楽も“知らなかったら新譜”じゃないですか。何でも並列に扱われるし、Mavin Gayeと蓮沼フィルが並列に扱われたら勝てるわけないんだけど、僕が高校生の時は新譜は新譜だったんで。文脈は丁寧に扱っていきます。過去を知らないで、新しさを誇張するのは滑稽ですよね。蓮沼フィルにおいては、メンバーがそれぞれの音楽畑から参加してくれているバックボーンの豊かさも素晴らしいな、と一緒に演奏をしていて感じます。そのぶん、音楽的なニュアンスを揃えるのも大変だったりしますけど(笑)」

――それを伺うと、フィルのオフィシャルサイトに掲載されたステイトメントにある“現在における新しい音楽”という一文が誤解を招きそうな気がしてきます。
 「どういうことですか?」

――おじさんが考えるところの“最新型”みたいに捉えられちゃうとか。そういうのとは全然違うってことですよね。
 「はい。欧米のトレンドを取り入れて作りました、ということを最新型って言う人はある程度いるかもしれないですけど、それは僕には表層的過ぎます。蓮沼フィルにおける“現在の新しい音楽”への志というのは、他ジャンルに跨って性別や世代も異なるミュージシャンを集めて、時間をかけて音楽を作ってゆくプロセス自体にあると思っています。完成された音楽も大切ですけど、それが作り上げられる構成要素やプロセスが”新しさ”として受容される音楽だと思うんです」

――それを伝えてゆくのってなかなか難しそうですね。
 「うん……。全員に伝えるのは難しいですよね。でも少しずつ活動しながら、続けていくしかありませんね」

――蓮沼さんて、度々“時間”のお話をされていますよね。今回も、再び「TIME」が収録されていて、時間への執着が窺えます。蓮沼さん自身の作品以外でも、過去に音楽を担当された『Y時のはなし』や『5windows』が時間に関係した内容だったりして、宿命めいたものも感じますけど。
 「そうですね。映画とか小説とかだと時間が作品の中で自由に操作できていて非常に嫉妬します。瀬田(なつき)さんの映画作品『5windows』も、あるひとつの時間の前後がオーヴァーラップしたり、色んな角度から時間を見るっていう映画なんですね。音楽は始まりがあって終わりがあるだけなんですよ」

――その代わりに、さっきおっしゃっていたMavin Gayeと蓮沼フィルの関係みたいに、文脈で時間が扱えるんじゃないかな~、なんて思ったんですよね。
 「そうですね。そういった視点も時間との関わり方ではありますね。僕は、展示作品においては本質的に時間について向き合っています。展覧会の空間において、作品の始まりと終わりを設けないでノンリニアな流れを導入していく。もしかしたら僕が他ジャンルに嫉妬しているような時間の操作も、展覧会では可能になるのでは?と思っています」

――ただ、時間の感じ方、扱い方というのも、日々変化していると思います。そういう変化に対して思うところが、活動に反映されることってあるんでしょうか。
 「そうですね。変化してゆくことに対して肯定的であるべきですし、変化する環境の中でどのように作品が社会に機能していくかを考えることは必要です。変化に対して思うところがあるから、フィルをやってる意味があるかもしれないです。合理的にどんどん進んで、これだけ時間が速い世の中なのに、フィルは基本的に非効率だし、色々な手間もかかる。メンバーによっては全然規格外ではないとも言ってくれますが、それが一種の世界への抵抗っていうか、僕ができるアプローチのひとつだと思っています。メンバーも、現状ついてきてもらっているし、理解してくれているような気がしますけど、もっとコミュニケーションをとらなければ、と感じています。そういった意味でも自分のことだけではないので、仮説と立証は必要になってくるのだとも思います」

――なんでも、ご自身で確認してみるのが好きなんですね。
 「そうなんですかね。でも、まずやってみなければ結果はわからないよね、とは思ってます」

――「TIME」や「the unseen」のように、過去の楽曲をフィルで演奏してみるのも、単にアレンジというより、経年変化を試す意味合いに思えます。
 「ああ、そうですね。それはありますね」

――だから、今回のアルバムを、全く同じメンバーで何年後かにもう一度作ってみるのとか、おもしろそうですよね。
 「それはおもしろいでしょうね。楽しい企画になりそう。自分でもびっくりしたんですけど、フィルには特有の音が出来上がっているんです。“蓮沼フィルの音”が。新曲を演奏をすると、そのオリジナルのカラーで音楽が返ってくるんですよ。そのカラーも、時間が経てば当然変わっていきますよね。フィルは“その瞬間”を大切にしているプロジェクトでもあるので、瞬間の経過が束になっていくのも楽しみです。この瞬間でしょ!を思い切り大胆にやるのがフィルの魅力だと思うので。時間の経過と共に、人間性の変化を音楽で表現していくのも楽しそうですね」

蓮沼執太 official site | http://www.shutahasunuma.com/
蓮沼執太フィル official site | https://www.hasunumaphil.com/
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